★思春期リンゴ物語★

□スマイル・ミー
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「今までと同じ量で作ってるのに、この頃残っちゃうのよねぇ」

大量のドルチェの前で頬に手を当てたルッスーリアが「フランちゃんがいたら、あっという間に平らげてくれるのに」とため息混じりに呟くのを聞こえないふりでサロンを後にした

この1、2年はそれ程この部屋で共に過ごした訳ではないが、がらんとした自室のあちらこちらに幼いフランの面影が残っていてそれを打ち消すように頭(かぶり)を振る

フランがヴァリアーを出て2ヶ月。暗殺部隊の日常は何事もなかったように流れている。退屈な任務をこなし、ナイフの手入れをし、食事を摂り、眠る。今までと何ら変わり映えもないはずなのに、そこに足りない存在が思考を占拠し、それを追い出そうと抗えば余計に満たされない欲求ばかりが募って苛立ちを深くする


『べるー』


からかえばムキになって食って掛かる大きな澄んだ瞳が

予定よりも早い帰還に飛びついて出迎えてくれる笑顔が

繰り返す悪夢に怯え、ぎゅうとしがみつく小さな手が

いつでもこの腕の中にあったぬくもりが自分にとってかけがえのないものだと認めてしまうことに抵抗したのは、未来から受け取った記憶に引きずられているせいなのか、そうではなく今の自分の意志であるのかの決着をつけられずにいたからかもしれない

親愛の情なんてものは親・兄弟にも感じたことはない。そんな感情が自分の中にあるとも思っていなかった

人を殺(あや)める瞬間の、あの快感が忘れられず幼くして自ら暗殺部隊に身を置いたのだ

あれから15年。この手で葬った相手は数知れない

そんな、汚れた血にまみれたこの手をフランは握って離さなかった。ただオレだけを真っ直ぐに見つめ、信じ、共に歩んできた

未来の記憶を失くしていたというのにヴァリアーを選んだフランの瞳に迷いはなかった

いつだったか、ヴァリアー(ここ)を選んだ理由(わけ)を聞くと「べるがいたから」と即答した、あのはにかんだ笑顔は今もはっきりと覚えている


『べるせんぱい』


任務に出るようになってそう呼ばせたオレを呼ぶ声が未来の記憶の中のフランと重なる度、オレはどちらのフランを見ているのか分からなくなった

護られるだけの対象としてではなく、ひとりの人間として、ひとりの男として自分を見て欲しいと願うフランに背を向けた


触れて失くしてしまうのなら
抱いて壊してしまうのなら


それを恐れている自分が欲しているのは紛れもなく目の前のフランだと分かっていたのに−−−



あの未来のフランはあの時代のオレと恋をした

ならば今のオレは?

オレが欲しいのは記憶の中のフランじゃない

幼くして出逢い、たくさんの経験と思い出を積み重ねてきたアイツが今の自分にとって唯ひとりの相手なのだ


他の誰にも触れさせない
他の誰にも渡したくない


馬鹿げた独占欲を、それでもあの日抑え込んだのはフラン自身が悩み、考え、辿り着いたであろう答えをオレが潰すわけにはいかないと思ったからだ

出発前夜、ひとり声を上げて泣いていたフラン

あの時、扉を開けてしまったら。この腕で抱き締めてしまったら、きっと手放せなくなっていただろう

自制が利かなくなる自覚があっただけマシだった。きっと壊れるほどに抱いて、どこにも行くなと縛り付け、傷つけていたかもしれない

幼かった手足がいつの間にかほっそりと長く伸びていた。傷みを知らない髪も肌も、時折どきりとさせる程に熱を帯びた翡翠の双眸も、純真無垢な幼な子から儚げな表情(かお)を見せる少年へと変わっていく過程に胸の裡に灯る炎が刺激されていった

一人寝には大きすぎるベッドにごろりと寝転び、あれから日に幾度も蘇る光景に目を細め親指で唇をなぞる

日本へ旅立つ朝、結局何も言ってやれないまま、ここを離れる決心をしたフランの背中を押してやるのが精一杯だった。それも、心のどこかで"フランは必ずここに戻ってくる"という確信と自惚れがあったから出来たことだ

唇をぶつけるだけの拙いkissまでも愛しくて堪らないなんて、自分も大概どうかしている

ただ、それでも。フランの痛い程の想いに気付いてはいても、まだそれを受け入れるには早過ぎる気がして

「怒濤の嵐が聞いて呆れるぜ…」

自分の慎重すぎる思考が一番自分らしくないと自嘲する



未来の記憶は未来のふたりのものだ

オレ達にはオレ達の、今までふたりで歩いてきた道がある。それは積み重ねてきた想いと揺るぎないふたりの記憶

今は自分で選んだ道をゆっくりでも手探りでもいいから信じて進めばいい。それがたとえ遠回りだとしても、その道の先にはきっとふたりの望む未来がある

別れ際に見せた、泣き顔のあとの晴れやかな笑顔が脳裏に浮かぶ。ぎこちなくなった関係を修復することも出来ず、暗い表情(かお)ばかり見せるようになっていたフラン。次に逢うときはまた、花が綻ぶような笑顔を見せてくれるだろうか

その時、己の理性のタガが外れない程度に、でいいのだけれど



(2012.9/8)

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