★思春期リンゴ物語★

□チェンジ・ミー
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「ちょっとちょっと、ベルちゃん!」

廊下の隅でいきなりルッスーリアに腕を引っ張られた

「あ?なンだよ」

「さっきフランちゃんがアタシんとこに来たんだけどォ、なんかモジモジしちゃって"どうしたの?"って聞いても"あー"とか"うー"って言うだけで結局何も話さないまま逃げるように帰っちゃって。何か心当たりな〜い?」

ほぅ、と息を吐き、正に子供を心配する母親のような表情で眉間にシワを寄せている

『心当たり』といったら恐らくアレしかない

「ヴァリアーの保健体育担当はルッスだって言ったからな。ししっ」

「保健体育〜?」

そこで先日の朝の事を手短に説明するとルッスの表情はみるみる明るくなった

「あらあら、まあまあ♪そうなのね〜、おめでたいわぁ♪」

パチンと両手を打ち鳴らしそれなら合点がいったという顔で大きく頷いている

「おめでたいかどうかは知らねーけど。もうアイツもそういう歳なんだな」

「おめでたいわよぉ♪フランちゃんの好きなケーキを焼いてお祝いしてあげましょ♪ジャッポーネ式にお赤飯もいいわね」

妙に浮かれ始めたルッスーリアに、あんまり大騒ぎするとフランが嫌がるだろうと忠告した

「それもそうね、デリケートな年頃だし。さすがベルちゃん。フランちゃんの事は一番よく分かってるのね」

そう言われるとなんとも擽ったいような、いたたまれないような気がして「そんなんじゃねーよ」とぶっきらぼうに答えてその場を離れた



遠隔地の任務から3日ぶりに本部へ戻るとフランはいつものようにベルの部屋にいたものの、それまでのように飛びついてくるような歓迎の仕方ではなく本を読んでいたソファから慌てて立ち上がりぎこちない態度で「おかえりなさい」と言った後、視線を泳がせたままこちらを直視することをしなかった

その様子で先日のアレがどういう事で起こったのか知ったのだろうと判断したが、ベルは敢えてその件には触れずいつも通り脱いだ隊服を投げ渡しシャワーを浴びる間に飲み物を用意しておくようにと言いつけてバスルームへ移動した



コックを捻り熱い飛沫を頭から浴びて、ふたりの間に流れた5年の月日を想う

未来の記憶を辿り、再び出逢ったフランはその記憶をすべて失くしていた

6歳の小さな身体で受け止めるにはあまりにも大きな未来の記憶が意図してフランの脳から消えたのか、それとも本人が言った通り本当にチーズの角に頭をぶつけた衝撃で忘れてしまったものなのか誰にも判らない

そしてあの未来とは違い、あの時の年齢まで共に歩んでいくふたりの関係がこれからどうなっていくのかも誰にも判らない

丸々としてつややかな輪郭が、ふっくらと柔らかかった小さな手が、共に過ごした月日の分だけ確実に変化している

その幼ない手が必死に自分を追い求め、縋り付いてくるあの純粋な瞳が『愛おしい』のだと認めてしまえば、自分の中でモヤモヤと揺れていた感情のすべての答えがそこにあった


フランの身体に起きた変化がきっとこれからのふたりの関係も変えてゆくのだろう

今までのように共に眠り、共に目覚め、フランの生活のすべてがベルと共にあったものが、きっと少しずつ少しずつすれ違ってゆくのだろう

自分はそれをどこまで見護ってやれるのだろうか

護りたいと想う気持ちと、なにかそれとは別のむしろその気持ちとは相反する、欲を孕んだ醜い想い

それをぶつけてしまえば、きっとフランを壊してしまうと解ってはいるけれど

『我慢』なんて自分には一番似合わないのに、そんな風に考えるようになったのもきっとフランの影響だろう

そして、それを受け入れようとしている自分はフランにどこまで感化されてしまったのかと苦笑してローブを纏う

今、この扉を開けた先にフランがいるのか−−−

いないかもしれないという発想は今まで持たなかったというのに、ドアノブを握る手にぐっと力が入る


「べる、遅いよー。ミルクティ冷めちゃったー」

その声は多少上擦ってはいたものの、言いつけ通り飲み物を用意したフランがそこにいた事にひどく安堵している自分が滑稽で溜息にも似た息を吐く

「おぅ、悪りィ」

今の気分はぬるい位のミルクティがちょうどいい。意味もなくフランの頭を小突けば「ぼうりょくはんたいー!」といつも通りの反応に心が躍った



(2012.5/12)

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