dream story 【夢中編】
□Boy meets… @
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好きな奴の事なら何だって知りたいと思うのは恐らく世間一般でも当たり前の欲求なんだと思う
しかも自分の場合、今までの人生において人にも物にも執着する事なんかなかった訳で、初めての恋人に初めての感情をぶつけてしまうのはそれが少々行き過ぎていたとしても仕方ないと思ってもらいたいのだけれど、どういう訳か可愛い恋人は自分の事について多くを語らない
オレは自分の誕生日から好物から、親・兄弟を殺っちまったことも、ヴァリアーに入隊したいきさつも何でも話して聞かせてるのにアイツときたら自分のことは「トップシークレット」なんて可愛げのない事を言って話そうとしない
アイツについて知っているのはフランって名前と、甘い物に目がないことと、オレより頭ひとつ分背が低いこと
あとは攻めると仔猫のように啼く弱いトコ
誕生日くらい教えてくれたってよさそうなのにどうしたって口を割らない。情事の最中に甘く囁いても、だ
その事で口論になることもしょっちゅうある
『過去に何の意味があるんですか』
そう言われてしまうと、こっちも「じゃあ、もういい」って気分になってモヤモヤ中途半端なまま会話が終わる
吐き捨てるようなオレの言葉にフランは翳りを見せるがそれ以上は何も言わない
で、天才のオレとしてはアレコレ考えて強硬手段に出た訳だ
ドカーーンッ!
もくもくと立ちこめる白煙に浮かぶ小さな小さなシルエット
「けほっ、けほっ」
「おー、ちっせぇ♪」
「…ん?−−−ぎゃー!前髪切り忘れたオバケ〜!悪霊退散、悪霊退散っ」
「誰がオバケだっ!テメー殺られてーの?……っと、あんま時間ねぇんだっけ。おいチビ、おまえに色々聞きたい事があンだよ」
くねくねと身体を揺らして呪文を唱えていたが、その動きをピタリと止めて噛み付いてきた
「チビじゃない!ミーは…」
「フラン。おまえ今いくつだ?誕生日は?おまえ今どこにいる?」
いきなり名を呼ばれて面食らったのか、くりくりっとした瞳を瞬かせた
「ミーのこと知ってるの?アンタだれ?」
「お兄ィサンは暗殺部隊♪」
キラリと鋭く光るナイフを目の前にかざしてやったが臆する様子もなく、きょとんと小首を傾げる
「あんさつ…ぶた」
「ぶ・た・い!変なトコで区切んなっ。おまえコレ見て怖くねーの?」
ナイフをちらつかせてやるが一瞥をくれただけでまた真っ直ぐにこちらを見上げてくる
「別にー。ねぇ、それよりミーのこと知ってるなら教えて?ミーのこと…」
「は?オレはおまえからおまえのこと聞き出す為におまえをこの10年後の世界に呼び出したんだっつーの」
今いち噛み合わない会話に軽く苛立ち、ちびフランの前にしゃがみ込む
「おまえじゃない!ミーはフランだってば。……へ?ここは10年後の世界なの?」
「そ♪おまえがオレになンも話してくんねぇから過去のおまえに聞いちまうのが手っ取り早えーだろっ。ししっ、オレってやっぱ天才じゃん」
ツンとおでこを人差し指で小突く。さして痛くもなかっただろうに両手でおでこを押さえて「うー」と唸っている姿がちょっと小憎ったらしくてちょっと可愛い
「ミーは10年後にアンタと一緒にいるの?」
「アンタじゃなくてベルフェゴール」
「…ベル?」
「いきなり呼び捨てかよ。ま、いーか。あぁ、10年後のおまえとオレは恋人同士だからな」
「こいび…っ///」
おでこに当てていた手で今度は口を押さえているが、小さな手のひらでは隠しきれない頬はリンゴよりも真っ赤に染まっている
「恋人なのに、おまえはオレになンも話してくんねぇの。オレは何だって話してンのにヒドくね?」
子供相手に愚痴っても仕方ないし大人げない自覚もある。でも目の前にいるのもフランだと思うと日頃の不満が口をついて出てしまう
同意を求めるように同じ高さになった顔をわざと見上げて覗き込むとフランはふっと視線を逸らせた
「それは…話さないんじゃなくて話せないのかもしれないよ?」
予想外の言葉に今度はこちらが首を傾げる
「あ?なンで?」
語気を荒げたつもりはないが、フランはビクッと身体を震わせ両手をだらりと垂らした
「だって…ミーは何にも覚えてないから」
「なんにも…って、まさか記憶喪失!?」
初耳だった。フランからそんな話を聞いた事もなかったし、もしそうなら自分の事を話せない理由として何故言ってくれなかったのだろう
コクンと小さく頷いたちびフランの顔が、いつも些細な言い争いをした後のフランの顔と重なる
過去から幼いフランを呼び出してまで聞き出そうとしていた事とは全く異なる事実を知ってしまった
ふっくらと丸い頬や顎のラインから見て5〜6歳だろうか
所在なげに立ちつくす姿に思わず手を伸ばし掛けた瞬間、勢いよく顔を上げた
「だからね、ミーは悪くないんだから、おっきなミーと喧嘩しちゃダメ!」
ぐっと拳を握って訴える姿は10年後のフランより感情が素直に表に出ていて、コロコロと表情が変わるのも幼い子供らしい
ぷぅと膨らませた頬は弾力がありそうですべすべしている。フランの白く肌理の整った肌を撫でるのが好きで、よく「いつまで触ってるんですかー」と呆れられるが肌に滑らせた指がしっとりと吸い付くようで気持ちがいい
今、目の前の穢れを知らない無垢な赤ちゃん肌も触れたらきっと滑らかだろう。そう思ったのとそれを確かめる行動はほぼ同時だった。ふにふにと頬を指でつつく
「わっ///」
「ししっ。やーらけ♪」
脱兎の如く逃亡を図ろうとする襟首を掴んで引き戻し、わたわたと手足をバタつかせているフランを腕の中に閉じこめた
すりすりと頬ずりすると擽ったいのか、僅かに肩を竦めて身動ぐ。カタチばかりの抵抗で隊服を掴む手の甲のえくぼも幼いしるしだ
「ねぇ」
「ん?」
「ベルは10年後にミーといつも一緒にいるの?」
隊服を掴む指にぎゅっと力が籠もるのを感じた
「あぁ、そうだな」
暗殺を業としている以上、死はいつも隣り合わせにある。いつ自分が、フランが絶命するかは判らない
でも生きている限りはそばにいるつもりだしフランも同じ想いのはずだ。確信から大きく頷く
「じゃあ、おっきくなるの楽しみだな」
先程までの翳りはなりを潜め、にこっと屈託なく笑う顔に心臓を鷲掴みにされた
「今はなんにも思い出せなくて、ひとりでいると怖いけど…ベルが一緒にいてくれるならきっと大丈夫だよね。一緒にいれば怖くないよね」
真っ直ぐ向けられた翡翠の粒は明るい希望を見出してきらきらと輝いている
記憶を失くす前のフランの生い立ち。記憶を失くした後、オレと出逢うまでのフランの人生。今のフランを見れば楽しく可笑しく人生を送ってきたとは思えない。むしろ辛いことの方が多かったのだろうと容易く推測できる
話せない事、話したくない事ならオレの中にもある。それこそ人に話せるような真っ当な人生なんか送ってやしないのだ。それを「恋人だから」となんでも知りたがるのはエゴでしかない
『過去に何の意味があるんですか』
フランはそう言った。でも、どんな人生を送ってきたにしろ、そのひとつひとつが今のフランを形成してきたのだ。だからどうでもいいとは言いたくないけれど、今はまだ語れない、語りたくないのならもうそれを責めるのはやめよう
一緒にいることでフランの不安が安らぐのであれば今はそれでいい
いつか話せる時が来たらいつでもいくらでも聞いてやろう。フランの横にいるのは今までもこれからもオレだけなんだから