dream story  【夢中編】

□first sight、first love
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「ったく、かったりィなぁ。おまえがチャリじゃなきゃタクシー拾えンのに」

「…タクシーで登下校する高校生とか、普通じゃないですー」

「だってオレ、王子だモン♪」

並んで歩くふたりの間にはフランが押している自転車とカゴに積まれたふたり分の指定鞄

「センパイもこの前まで自転車でしたよね?えらく高級そうな…」

「あ?あぁ、アルファロメオのな。パクられた」

「えっ!?ちゃんと鍵かけてたんですよね?」

「ンな事いちいちしねーよ、面倒臭ぇ」

1台20万も30万もする自転車を鍵もかけずに放置するなんてフランには考えられない。しかしベルフェゴールの方はさして気にした様子もない

「警察には届けたんですかー」

「もう飽きてたし。別にいっかと思ってそのまんま」

しれっと答えるベルフェゴールの横顔を半ば呆れて見上げた。身寄りもなく、学園の寮暮らしで、大学への進学率が高い私立高校に通えるのは特待制度で学費がすべて免除になったお陰であるフランと、裕福な家庭で育ち並はずれた財力と並はずれた知力・能力、加えて端正な容姿を持つベルフェゴールとはものの考え方や価値観が違うらしい

もし自分だったらそんなブランド自転車は間違いなく部屋の中に持ち込んで保管するし、そもそも高級すぎてサドルに座ることすら出来ないかもしれない

そんな、考え方も価値観も学年も違うベルフェゴールがどうして自分なんかと一緒に下校しているのかというと実はフランにもよく分かっていなかった



一ヶ月程前、校舎脇の生徒用駐輪場で自分の自転車を引っ張り出そうとしたフランがドミノ倒しよろしく並んでいた自転車をなぎ倒した先にベルフェゴールがいた。怪我をさせてしまうかと慌てたがポケットに手を突っ込んだままひらりとかわしたベルフェゴールは「ししっ。だっせー」と笑っていた

その身のこなしとよく通るテノールボイスに心を奪われ、倒れた自転車の横にしゃがみ込んだまましばらく見惚れてしまう。学園内で知らぬ者はいない程の人気を誇るベルフェゴールの事はフランも聞き及んではいたが学年が違うこともありこんな間近で対面するのは初めてだった

「ナニ?おまえ怪我でもした?」

そう言われてハッと我に返りばさばさとズボンの土埃りを払って立ち上がる

「だ…大丈夫、ですー」

心配してくれたのかと一瞬気持ちが浮上したが次の一言で急降下した

「じゃあ、さっさと片せば?」


それ以降、教室移動の廊下で、体育で校庭にいれば教室の窓から、自分に注がれている視線の先にはいつもベルフェゴールがいた

入学当初から目立つことを嫌い、クラスの中でも常に控えめに過ごしてきたフランが人から注目される事など人生初と言ってもいい位でその視線の熱さに困惑した

注目されている、というより監視されているという表現がぴったりくる気がした。しかしその視線の意味を量りかねるフランとしては異議を唱えることも出来ず、心のどこかではほんの少しその事を嬉しく感じている部分もあり、今まで以上に動作がぎこちなくなり、何もないところで躓いて転んだりと醜態を晒すばかりでフランの心臓はいつもどきどきと激しく鳴り続けていた



「よォ」

最初はお互い自転車での帰り道。例のブランド自転車で颯爽と現れたベルフェゴールに声を掛けられ、まさか自分にではないだろうとそのまま通り過ぎようとした

「スルーかよ。いい度胸じゃねーか」

投げつけられた言葉に恐る恐る自分を指さすと「他に誰がいンだよ」と笑われた

その日以来、フランが自転車を押して校門を出るとどこからともなくベルフェゴールが現れ、たまたま寮への帰り道の先にベルフェゴールの住むマンションがあるのでそのまま一緒に下校するようになった

学園一の人気者であるベルフェゴールが何故地味な下級生と連れだって帰るのか、という噂はあっという間に広がりただでさえとりまきの女生徒から嫉妬の目を向けられる事に動揺していたフランは更に羨望と好奇の目も向けられるようになり正直戸惑っていた。けれどベルフェゴールと共有するこの時間が今の自分にとってなによりも楽しい時間であり、そのふたつを天秤に掛けるとやはりベルフェゴールと一緒にいたいという想いの方が勝る。それまで人と関わる事を意識的に避けてきた自分がどうしてベルフェゴールにだけはそうしないのか、いやそう出来ないのかと言った方が正しいかもしれない

それは彼の明るさだったり、知性を感じさせる会話だったり、見る者すべてを魅了する端正な容姿だったり、とにかくすべてがフランを惹き付けた

翻して自分の方はと言えば、暗くはないものの誰とでも打ち解けられるような性格ではないし、瞳と揃いの翡翠の髪を綺麗と言われた事はあっても特に手入れをしている訳でもない。唯一ベルフェゴールと渡り合えるのは会話の内容位で、特待生に選ばれる位には頭脳明晰な事が幸いした。ベルフェゴールの方も、どんな話題を振っても返してくるフランの反応に気をよくしたのか帰りの道すがら途切れることもなく色々な話をした

そうして共に過ごす時間が増えてゆくにつれ、フランの胸の中には何かもやもやとした霧がかかったような掴みどころのない感情が広がっていった

一緒にいる時はもちろん、ベルフェゴールとの会話が楽しくてまだ午前中の授業も終わっていないのに下校時間が待ち遠しかった。授業中も教師の声に耳を傾けつつ、頭の中はベルフェゴールの事でいっぱいだった

教室移動の時も、講堂での集会の時も、ベルフェゴールの姿を探してしまう自分に気付きハッとした

どうしてこんなにも彼が気になってしまうのだろう。どうして彼はこんなにも自分の心を占めてしまうのだろう

答えの出せない問いがぐるぐると渦を巻いている時だった

「危ねぇっ!」
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