dream story 【夢中編】
□ディスタント
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「分かってねえなぁ、ベイビー♪」
「フン。分かってないのはキミの方だろ?ベル。術士っていうのはデリケートなんだよ、キミと違ってね」
隊長室へ報告書を届けた後、薄く開いたサロンの扉から聞こえてきた会話にフランの動きが止まる
白蘭戦の後、復活したアルコバレーノ。ヴァリアー霧の幹部・マーモンも程なくしてヴァリアーに復帰し日常を取り戻した
そう、前任の身代わりであった自分以外は−−−
ドアノブに伸ばしかけていた指をきゅっと握り、気付かれぬ様その場を離れた
「ボクが戻った事で彼は動揺してる。いつも一緒にいるくせにそんな事も気付かないなんてホントおめでたい頭だね」
「フランが?ししっ、そんなタマじゃねーだろ」
ふたりが自分の事を話しているとは露ほども思わずに自室へ戻ったフランは閉じたばかりの扉を開き、再びスクアーロの元へ向かった
「ボーッとしてねーでしっかりフォローしろってのっ!」
「やってますー」
スクアーロには暫くベルと一緒の任務を組まないで欲しいと頼んだ。喧嘩でもしたのかと笑われたがそれ以上は詮索されず、あれから三週間程はベルと別任務で動いていた
今日もベルはマーモンと組んで任務に赴くはずだった。それが直前になってマーモンからフランに変更されたのだ。断ろうにもマーモンは別の任務で先に本部を出てしまっていたし、今回はどうしても術士が必要な任務である為、無視も仮病も使えなかった
それでも暗殺部隊ヴァリアーの幹部である。例え(予備)−カッコ予備−だとしても任務を疎かにするつもりはないし、手を抜くなんて事はありえない。それでもペアを組んでいるベルがそう言うのだ。自分に落ち度があったのかもしれない。でも……
「マーモン先輩と組めばいいじゃないですか…」
「あぁ?」
口から出たのはそんな言葉で、苛立ちを隠さないベルの声にビクッと肩を揺らす
「マーモン先輩との方が息もぴったりでしょー?ずっとそうしてきたんだから、ミーなんかより……」
「てめっ」
最後まで言い切れず鋭い声音に遮られた。言いたいのはそんな事ではないのに素直になれない性格と常からの毒舌は本心とは違う方向へと事態を転がしてゆく
「…ったく。マーモンの言ってた通りかよっ」
チッと舌打ちして吐き捨てるように呟いたその言葉が胸に刺さる
『マーモンの言ってた通り、マーモンと組んでいればこんなに手こずらなかった』
きっとそう言いたいのだろう。術士としての腕はマーモンにもひけは取らないと自負しているが、ベルと一緒にいた時間が決定的に違いすぎる
−−−ベルとの距離が遠すぎる
きっとマーモンならベルの戦い方のクセも、間合いの取り方も、自分より熟知しているに違いない。足手まといにならないように必死について行った入隊当初に比べれば自分とて格段にランクアップしているつもりではいるけれど。ベルに対する想いのたけは時間の長さだけでは計れないものだと分かってはいるけれど−−−
「センパイっ!後ろっ!!」
瞬時に身を翻したベルのナイフが宙を切り裂き敵に命中する
感情が不安定になっていては幻術も歪みが生じてしまう。今は任務中なのだ。気を散らしたら死に繋がる
ぐっと唇を噛みしめ、術の再構築に集中した
任務完了の報告を済ませ、現場の後始末を部下に指示して帰路につく
今はベルのそばにいるのが辛い。けれど帰る先が同じなのだ。どうすることも出来ず一定の距離を保ったままついて行くしかない
ベルがなにも言わないのはさっきの遣り取りを肯定したせいだろう。フランと組むよりマーモンと組んだ方が良かったと思っているはずだ。今日だって急な変更に腹を立てていたのかもしれない。マーモンと組むはずだったのが直前になって自分と変わってしまったのだから気分を害しても仕方ない
俯いたままトボトボとベルの踵を目で追いながら歩いていたが急にカツン、とベルが立ち止まったので広い背中へと視線を移す。ポケットに両手を突っ込んだまま、その背中が大きく息を吐いたのが分かった
呆れているのだろう。特に難しい任務ではなかったのに予定よりも手間取ってしまったのは自分のせいなのだ。フランも距離をとったまま歩みを止めた
「どういうつもりだよ?」
振り向きもせず告げられた質問の真意が判らずに背中に視線を預けたまま立ちつくす
「どういうつもりか聞いてンだよっ」
荒げた声にだらりと脇に下ろしていた手をくっと握った
「…どう…って」
やっと絞り出した声に盛大なタメ息を被せられきゅうぅっと胸が締め付けられる。こんな時なのに本当にベルが好きで好きでたまらない気持ちが全身を駆け巡り、それでも背筋だけがすぅっと冷えていた
「マーモン先輩が…」
マーモンの名を唇に乗せただけで目の奥がじわりと熱を持つ
潤み始めた翡翠色の瞳から涙と想いが零れ落ちないようにクイッと顎を上げ天を見上げる。霧のような薄い雲が、大好きなひとの笑みに似た下弦の月を隠す
「ミーなんかよりマーモン先輩と組んだ方がセンパイもやりやすいでしょう?」
声が震えないように腹に力を入れる
「本気で言ってンのか」
「本気もなにもないでしょー」
マーモンが戻ったのだから、そうするのが自然だ
「はっ。デリケートが聞いて呆れるぜ。人の気持ちは考えず、自分のことばっかかよ」
振り向きざま投げつけられた言葉に硬直する
「なに勝手にオレとの任務組まねーように細工してんだよ。そんな権利テメーにはねぇだろっ。王子イラつかせるとか、マジでムカつく。そんなにオレが嫌いか?あ?」
嫌い…嫌いな訳がない
好きで好きで、もうどうしようもない位好きなのに−−−
だから大好きな人が幸せになるには自分が身を引くしかない。自分は邪魔な存在なのだから
「なんとか言ってみろよっ!」
「ミー…は…」
やっと絞り出した声よりも先に不安に揺れる双眸からはぽろぽろと涙が零れ落ちた
それを見られたくなくて俯こうとするが伸びてきたベルの拳がカエルメットの正面にめり込み、頭を下げる事も出来ない
「うー」
「…ったく。泣くほど辛れーなら、なンで素直になんねぇんだよバカガエル。…って、オレも人のこと言えねーけどな」
言われていることの真意が掴めず、スンと鼻を啜りながらベルを窺うと怒った口調とはそぐわない僅かに照れを含んだ表情が見て取れてフランの思考は更に混乱する
「セン…パイ?」
「カエルのくせに王子から離れよーとか100年早え。オレを避けようったってそうはいかねぇからな。テメーは黙ってついてくりゃいいんだよっ」
「…ぇ」
それは…これからも一緒にいてもいいということ?
「今日の任務もオレが隊長に言って変えさせた。もう逃げらんねーからな。オレのことが好きなんだろ。だったらオレのそばにいればいいんだっつーの」
「そっ…ミー、そんな事は一言も……」
いきなりの指摘に面食らい、同時に火が噴きそうなほど頬がカッと熱を持った
「顔に書いてあンだよっ、バカガエル」
そう言ってぷいと背中を向けたベルの耳もほんのりと赤く染まっていて「帰るぞ」と差し出された手に震える指でそっと触れた
(2012.5/26)