little story 【林檎編】
□トラスト・ミー
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今日はベルとマーモンが揃って任務に出てしまったのでルッスーリアが訓練の相手だった
「え〜とっ。ベルの話だと静物の幻覚はもう自在に操れるってことだったけど、そうなのかしら?」
「はいー」
初めは小さな果物だった。リンゴ、パイナップル。それから花、花瓶、食器類と少しずつ大きなものも出せる様になり、今はイスやテーブル程度の家具なら有幻覚としても出せる。実は今、ルッスーリアが座っているイスも−−ぱしぱしっと瞬きし、集中していた気を緩めるとルッスーリアの尻の下にあったイスが霧散し「きゃっ!」と、とても目の前のモヒカンサングラスが発したとは思えない声を上げてその場に尻餅をついた
「イタタ…もぉ〜う、フランちゃんたらっ!」
メッ!っと人差し指で鼻の頭を突かれる
「アタシは幻術ってのが今イチ分からないんだけどォ…とりあえず今日は生き物に挑戦してみましょうか?」
「どうぶつ、とかー?」
「そうよ。まずは小さなものからでいいわ。リスとかネズミとか」
フランは図鑑で見たそれらの動物を頭に思い描きながら幻覚を構築するべく気を集中させる
「あらあら…」
訓練室の床を二足歩行するリスと、猫くらいの大きさのネズミが現れた
「ちがうのー?」
だって絵本で見たリスは赤いチョッキを着て木の上を二本足で歩いていたのだ。ネズミは猫とケンカすると聞いた事があるので、きっと同じくらいの大きさなのだろうと思ったのだ
「そ、そうよね。フランちゃんはまだ6歳ですもんね。今度ベルに動物園へ連れてってもらうといいわ」
足元にすり寄る巨大ネズミをしっしっと払いながらそう言われてしゅんとなった
まだ6歳。チビだから
みんながそう言って『だから仕方ない』という顔をする
自分は早く大きくなって強くなってベルに追いつきたい。ベルと一緒に任務にも出たいのだ
その為に退屈で辛い訓練も耐えてきたし、術士としても腕を上げたい
ただ、精工でリアルな幻覚を創り出す為には豊富な知識と経験が必要だ。今、自分に足りないものはそれだということは理解している
けれど、どうにももどかしくてじれったい
「フランちゃんはまだまだこれから色んな事を覚えていくんだもの。無理しなくてもいいのよ」
そう言われると余計に悔しくて図鑑のとあるページを思い出し、そこに載っていた動物を次々と構築していった
パォォーーン、ガォォーーッ、ギャーギャー、−−−
訓練室はたちまちサバンナと化し、肉食動物・草食動物が走り回っている
「ちょっ、フランちゃん!ダメよっ!」
ルッスーリアは走り回る動物達の攻撃を巧みにかわしながらフランに近付いてくる
「う゛ぉぉーい!一体何事だぁ!」
騒ぎをききつけたスクアーロが入ってきたドアに向かって一目散に駆け出す
「う゛ぉい!待てチビ。テメーの仕業かぁ゛」
「あぁ違うのよォ〜」
突進してきたシマウマとキリンに挟まれて一瞬動きの止まったスクアーロの横を一気に駆け抜けた
「待てっ!テメーのイタズラはテメーで始末つけていきやがれっ!」
背中に投げかけられた言葉にじわっと瞳が潤んだ
それを拳でぐいっと擦り、そのまま振り返らずに走った
玄関を飛び出し庭を抜け、その先の木立の中をめちゃくちゃに走って走って走って、気が付くとさらさらと静かに流れる小川のほとりに辿り着いていた
川幅はそれほど広くないが、川に突き出すように丸太を組んだ小さな桟橋があるのでボートを浮かべる位の深さはあるのかもしれない
そっと桟橋に足をかけ、前端のヘリに捕まって川面を覗き込むと、眉をへの字に歪ませた子供がこちらを見ていた
そのままヘリに腰を掛け、川に向かって足を下ろしたが、その足は水面に届かず宙でぷらぷらと揺れているだけだった
そのまま空を見上げると午後の柔らかな日差しと流れる白い雲に、ふと既視感がよぎる。それは今よりももっと暑い夏の日のような−−
失くしてしまった未来の記憶が時折こうして顔を覗かせるがそれがはっきりと形作られる事はなく、今もなんとなくぼんやりと心地よい感覚に包まれる程度の事なのだけれど
フランは曖昧な気持ちのまま目を閉じた