little story 【林檎編】

□テイク・ミー
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「ん、と…この辺なんだけどなー」

首から提げた携帯端末に表示された地図を人差し指でスライドさせながら今いる位置を確かめる

虹の代理戦争。『ミーも連れて行って』そう言ってもダメだと言われ、ひとりヴァリアー本部に残された

連れて行ってもらえなかった悔しさと、ひとり残された寂しさを平隊員相手の訓練にぶつけた。課されたノルマはあっという間にクリアし、もう平隊員相手では訓練の意味もあまりない

毎日決まった時間に届くコール。ベルの声を聞く度に逢いたさばかり募る

『ひとりで来られないなら来る意味もない』そうベルに言われ、更に決意を強くした

行かなければ逢えない。行けば逢える

簡単な荷物をまとめてリュックを背負い、よしと気合いを入れてベルの部屋の扉を閉め、勇ましく第一歩を踏み出したところで『ヴァリアーの専用機向かわせてるからそこで待ってろ』とベルから連絡が入り、せっかくふり絞った勇気はヴァリアー本部玄関で使い終わってしまったのだった




空高く見上げる程のビルが乱立し、おびただしい数の車、バイク、そして行き交う人の多さに圧倒された

携帯端末を片手にキョロキョロしている年端(としは)のいかない子供をチラッと視界に入れても、すぐに我関せずと通り過ぎる黒い髪の大人達

知らない街。知らない人。ここはおばあちゃんと過ごしたフランスの秘境でもなければ、ヴァリアー本部のあるイタリアでもない。初めて訪れる国、日本

でも何故かこの街を、いや、この街の空気を知っている気がする。6歳の自分が抱くには不自然な懐かしさ。既視感。失くした記憶の一部なのかもしれない

プァプァーーンッ!けたたましいクラクションにびくっと身体を竦め一歩あとずさると、スーツにネクタイを締めた男にぶつかりよろけてしまう

「ご…めんなさ……」

謝ろうとしたそばからチッと舌打ちされ、自分の身の丈の半分しかない子供相手に苦々しい表情を浮かべてジロリと睨んでいる男にたじろいだ

「う……」

「○※▽●◇▲!!」

何か言われている。相手が怒っている様子は雰囲気で感じられるが恐らく日本語でまくし立てているので内容が聞き取れない。日本語の勉強もベルに習っていたし、絵本もひとりで読めるようになっていたが、知らない土地にひとりきりというこの状況に認めたくはないけれど心細さを感じており、気ばかり焦って判断力がなくなっていた

「うぅ…べる……」

携帯を両手で握り締め、ぎゅっと目を瞑ってベルの名を呼んだ

こんな事じゃ来た意味がない。強くならないとベルのそばにいられない

ぐっと唇を引き結び、再び開いた瞳に飛び込んできたものは、さらさらと流れる金色の髪に輝くティアラ

逢いたくて逢いたくて、何度も夢に見て、目覚めてはひとりぼっちの現実に涙した、その人

「べる…っ」

ベルはいきり立っているスーツの男に向かって冷静に何か言い放ち、ズイッと相手の方へ歩み寄ると男はそれまでとうって変わった表情になり足早に去って行った

その様子を呆然と見つめていたフランと目線を同じにする様に腰を屈めたベルがニイッと笑う

「来たな、ハナタレ小僧」

そう言われて手の甲で鼻を擦った

「たれてないですー」

本当はじんわりと浮かんだ涙のせいで垂れそうになった鼻をスンとすすった


 『逢いたかった』


そう言ってベルに抱きついてしまいたい。そのつもりでここまで来たのだ


 『ひとりで来たよ。ニンジンも食べたし、訓練も頑張ったよ。それから、それから−−−』


でも口から出るのは可愛いげのない憎まれ口ばかり

「迎えに来なくても、ひとりでホテルまで行けるのにー」

「ししっ。別に迎えに来た訳じゃねーし」

素直じゃないのはベルも同じらしい。頭の後ろで腕を組み、ひとりでさっさと歩き出してしまう


 また置いていかれる−− とっさにベルの服の裾を掴んでいた


「べる…来たよ?」

「おぅ」

急に止められた動きを怒る訳でもなくニイッといつもの笑みを浮かべてフランの手をとった

「さぁ行くぞ。ちゃんとついて来いよ」



やっと逢えた。これからは一緒にいられる

もう置いていかないで

どこへでも連れて行って

どこへでもついて行くから



返事の代わりに、繋いだ手にきゅっと力を込めて歩き出した



(2011.11/12)

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