キリリク

□微酔の王子
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「もぅ、ほら。ちゃんと歩いて下さいよー」

「ダイジョブ、ダイジョブ。しししっ」

「大丈夫じゃないでしょーがっ」

フランスのボジョレー・ヌーヴォにあたるイタリアの新酒、ノヴェッロ。その解禁日、ヴァリアーでは毎年恒例の『新酒を楽しむ会』が催される。と言っても新人のフランは今年が初参加なのだが、その宴会は想像を絶するものだった

フランのイメージでは上質なワインとアンティパストで静かにその年のワインの出来を評しながらグラスを傾けるのかと思っていた。しかし、ここヴァリアーでは各産地のノヴェッロが樽ごと運び込まれ、幹部も平隊員もいっしょくたのどんちゃん騒ぎが繰り広げられた。ヴァリアーに上品≠ニいう言葉が存在しないことを痛烈に実感した夜だった

元々酒を飲まないフランはグラス一杯程度の新酒を楽しんだ後、ひとり冷静に状況を分析していた。いつにも増して大声を張り上げて騒ぐスクアーロと、その声が煩いと手元のグラスのみならずまだコルクを抜いていないワインボトルを後頭部めがけて投げつけるボス。そんなボスの様子を瞬きもせず熱く見つめるレヴィはほぼストーカーの域に達している

ヴァリアーのマンマを称するルッスーリアはその名の通り幹部、平隊員の隔てなくワインや料理を供し場を和ませていた

そんな中、フランの予想を裏切ったのはベルフェゴールだった。いつも自分を執拗に構い倒し、人一倍楽しいことに飢えていそうな彼が必要以上に騒ぐこともなくテーブルやスツールの運び込まれたサロンの隅、フランが陣取っていたソファに並んで座り静かにグラスを傾けていたからだ

「普段の行いが悪いから誰も相手をしてくれないんですねー」と嫌味を言ったそばから新しいワインが届き、栓を抜いた隊員と乾杯していて口を噤んだ

「あっちでみんなと飲んできたらいいじゃないですかー」と樽に頭を突っ込んで騒いでいるグループを指差すと「オレはおまえと飲みたいの」と言われ、また口を噤んだ

(そんなこと言われたら…調子狂ちゃいますー)

朱に染まった目元を酒のせいにするには飲み足らないな、と思いつつ ―――





「ほら、着きましたよ。もう飲まないで寝て下さいねー」

「なにおまえ、帰ンの?」

片手にサロンから失敬してきたワインボトルを持ち、空いた方の手でやにわに手を握られそのままベルフェゴールの部屋に引っ張り込まれた

足元に転がる服や雑誌を蹴散らし目的のソファまで辿り着くと手を繋いだままどさりと身を預ける

「さァ、もう一回飲むぜー!」

ワインボトルを高々と掲げ、それと一緒に足まで上がっている様はどう見ても酔っぱらいだ

「飲むんならひとりでどーぞ。ミーは帰りますんでー」

握られている手を振り解こうとしたがどうしても外せない。かと言って痛いほど強く掴まれている訳ではなく、指を絡ませているだけだ

「冷てぇコト言うなって。オレはカエルと飲みてーの」

「絡み酒は迷惑ですー。さっきまで大人しく飲んでたのになんで急に酔っぱらうんですかー」

「別に酔ってねーよ」

「酔ってますってー」

意味のない問答をしている間もふたりの指は絡んだままだ。いたたまれず俯くとほんの僅か指に力が籠もる。気付かないフリを続けようとするけれどトクトクと速くなる鼓動が伝わってしまいそうで気を逸らそうとすればするほど手のひらがしっとり汗ばんでくる

「よーし、飲むぞー!」

そう言ったが早いかまるで手品のように手を繋いだままボトルの栓を抜く

「センパイのナイフってコルクも抜けるんですかー」

「ししっ。だってオレ、天才だし」

「あー…はいはい」

酔っぱらいに何を言ってもしょうがない。いつも以上に諦めの境地で呟くとラッパ飲みしたボトルをおまえも飲めとばかりに目の前に差し出された

「…ミー、飲めませんから」

「お酒はハタチになってから。…ってのはジャッポーネだっけか。イタリアもオランダもドイツもベルギーも、ヨーロッパじゃ大抵16から飲めんだぜ。ホラ」

「年齢の問題じゃないんですってばー」

なおもぐいぐいと押し付けられ、しぶしぶ受け取ると満足そうによしよしと頷き笑っている

「オレなんかヴァリアー入った歳から飲んでるぜ?」

「え?センパイがヴァリアー入ったのって…」

「あ?ワインなんか水と一緒だろ。水、水」

水と言う割にはずいぶん上機嫌じゃないですか、の言葉は胸の裡にとどめてボトルに口を付ける。一口こくんと飲み込むと新鮮な葡萄の香りが鼻へと抜け、寝かせたワインとは違う爽やかさが感じられた

「ふぁ……」

美味しい、と素直に思える味だった。普段アルコールの類は口にしないのだけれど、これはもう一口飲みたいと思わせる味だ。自然と唇を寄せるといきなりそのボトルを奪われ呆気にとられる

「ダーメ!一回ずつだっての」

そう言って半分ほどを一気にノドへと流し込み、ボトルを掴んだままの手でグイッと濡れた唇を拭う仕草にまたドキリと胸が鳴る

「ししっ。フランと間接キス〜♪」

「…え?」

ちゅっ、ちゅっ、とボトルの飲み口にキスをするベルフェゴールが意味深にニヤリと笑う

ベルフェゴールが直接口を付けたボトルに自分も口を付けて飲み、それをまたベルフェゴールが飲んで ――

意識せずしていた事を意識させられて身体の熱が一気に上がった。術士にあるまじき心の動揺を引き起こさせた張本人はただニヤニヤとしながらまたフランにボトルを差し出す

「次、フランの番♪」

あんな事を言われて、もうそれを受け取れるはずがない

「ミーはもう結構ですー」

プイとそっぽを向いたのは赤くなった顔を見られたくなかったからだ。ベルフェゴールに自分の想いを気付かれているとは思えない。いつものように面白がってからかっているだけだと言い聞かせても速くなった鼓動はちっとも治まってくれない

「えーっ!間接キスしよーぜぇ」

「まだそんな事言ってんですか。ほんとこれだから酔っぱらいは ――」

困ります、と言いかけた唇を何かに塞がれた。あまりにも突然のことで身体は硬直し、目も見開いたままだ。そしてその視界いっぱいにはふわふわの金糸とキラキラ輝くティアラが映り込む

「間接がダメなら直接キス〜。しししっ」

浮かれた声で残りのワインを煽るベルフェゴールをただ呆然と見つめた。なんてタチの悪いイタズラだ。だから酔っぱらいの相手は嫌なんだ。こんなの。こんなの ―――

「―― 別にふざけてるワケでも酔っぱらってるワケでもねぇからな」

その声音があまりにも真っ直ぐに胸に届いてしまったから


(こんなの反則ですー……)


きゅっと力を入れた指を包み込むように握り返され、もしかしたら酔っているのは自分の方なのかもしれないと、クラクラとまとまらない思考をワインのせいにした
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