Knight ― 純白の堕天使 ―
□第八章 初任務
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クローゼットを開けて、それらしい服を探す。
ノトとして訓練していた頃にはあまり縁がなかった代物だが、そのうち必要になるだろうからとルカに言われて仕立てたそれを漸く見つけることができた。
「まぁ、普段の騎士服と大差はないか……」
フィアは小さく呟いて、騎士服の留め具に手をかけた。
僅かに肌蹴た服の隙間からちらりと見える、胸を押さえつけるための布きれ。
それを見る度、フィアは思わず嘆息する。
自分はやはり、男ではないのだなと思って。
致し方のない話だ。
フィアが生まれついた性別は女で、幾ら気持ちは男性であるとしても、それに違いはないのだから。
初めの頃は男性らしく過ごすことに多少抵抗があったが、此処まで来てしまえば、
もういっそのこと体も男性らしければ良いのに、などと考えてしまうほどである。
そんなことをぼんやりと考えていた、その時不意にドアが開いた。
ノックをしなかったことから、ルカだろうと思い、嘆息する。
そして、呆れたような声で、そこにいるであろう従兄に、言った。
「ルカ? ノックくらいしてくれといつも言って……」
ふり向きながら紡がれたフィアの言葉は、途中で途切れる。
そこに居たのは、フィアが想定していた人物ではなかったのだ。
ふわり、と揺れる紫色の髪。
その持ち主は書類にでも目を向けていたのか、至って普通に声をかけてくる。
「フィアーお前今から護衛の……」
「う、うわぁぁぁッ?!」
服を脱ぎかけていたフィアは、思わず叫び声をあげた。
入ってきたのがルカだったら、きっと此処までの反応はしなかっただろう。
モノを投げつけるくらいのことはしたかもしれないが、一頻り説教して終わりだったはずだ。
問題だったのは……
入ってきたのはルカではなく、シストだったこと、である。
過剰反応をするのは逆効果だとわかってはいたが、フィアは女。
突然着替えているところを見られたら悲鳴くらい上げる。
ただ、それが功を奏したのか、シストはその声に驚いたようで、慌ててドアを閉めた。
ドアの向こうから聞こえる声は、少し動揺した風だ。
「わ、悪い」
「あ、否、俺の方こそ、すまない。少し驚いて……」
互いにしどろもどろになる。
フィアは無論驚いたし、シストだってフィアがあんな声を上げるところを見たのは初めてだから、驚いたのである。
暫し落ち着こうと深呼吸してから、シストは廊下でドア越しにフィアに言った。
「……女みたいな反応するんだな」
予想通りの言葉だ。
シストの言葉にフィアは落ち着いて答える。
「あまり他人に体を見られたくないんだ。
お前のいう通り、男らしくないから。
鍛え上げた肉体を持つ仲間に見られるのはなかなか堪えるものがある」
万が一肌を見られることがあれば、そう答えようと思っていた。
そうした事態が起きることを想像したくなどなかったけれど。
しかし、事実その返答は違和感のないものだったのだろう。
シストは納得したような声で言った。
「あぁ、なるほど。お前そういうの気にするもんな。
恰好つけというか、何というか」
シストは苦笑気味に言った。
フィアはそんな彼の反応に少し安堵したように息を吐いた。
そして、着替えを再開しつつ、ドアの向こうにいるシストに言う。
「格好つけは余計だ。
……いきなりドアを開けるな。ノックくらいしろ。
俺にもプライバシーというものがある」
またこんなことが起きてはたまったものではないと思いつつ、釘を刺す意味でも、少し強い口調でフィアはシストにいう。
シストはシストで反省しているらしく、若干声のトーンが落ちていた。
「悪かった、お前の初仕事だって聞いてさ、励ましてやろうかと思ったんだ」
「いつもルカにも同じことを言わされているんだが……
どうして貴様らはノック一つできないのか、理解できない」
フィアは溜息を吐いた。
普段からノックなしに部屋に入ってくる従兄に悩まされている身としては、せめて彼以外の人間にはちゃんとノックしてほしいと思うのだった。