Knight ― 純白の堕天使 ―
□第七章 真実
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思わずフィアの口から零れる言葉。
それを聞いてその人物が目を細めた。
「私の名はディアノ。ディナではないよ」
その言葉にフィアははっとして、頭を下げた。
「失礼いたしました」
身分の高い人間の顔を見て別人の名を呼ぶなど、失礼極まりない。
慌てて謝るフィアをみて、ディアノはくすと笑った。
そしてひらりと手を振って、言う。
「気にすることはない。私とディナは双子なのだから間違えても当然だ。
昔からよく間違われていたから慣れてもいる」
その言葉でフィアは納得した。
女王に双子の姉がいたことは噂で聞いていたからである。
―― そう、双子の姉が“いた”ということを。
それを思いだしたところで、フィアはさっと血の気が引くのを感じた。
つまり、眼前に居る彼女は、幽霊、ということで。
それは流石に驚きだし、……多少の、恐ろしさも感じる。
そんな彼の様子を見て、女性はこくりと頷いた。
「そう。姉が“いた”んだよ。今はもう居ないがな。
ディナ・ローディナスの双子の姉、ディアノは既に死んでいるのだからな、私は確かに幽霊のようなものだ」
お前の思った通りだよ、と彼女、ディアノは言う。
それを聞いてフィアは驚いて目を見開く。
今思ったことは、口に出していない。
「何故……」
自分の考えたことがわかったのか。
そう言いたげなフィアを見て、ディアノは可笑しそうな顔をしつつ、言った。
「何故思っていたことはわかったか? それは、無論お前の顔を見て、というのもあるが……私がお前と同じような力を持っているからさ。形やルーツは違うがな」
「同じような、力?」
予想外の返答に、きょとんとするフィア。
ディアノはそんな彼を見つめて微笑むと、言った。
「特殊な魔力さ。他人とは違う、他人に恐れられうる魔力……
そのおかげで、お前の力がどういった力であるかも、お前が何を思い悩んでいるのかもわかったのさ。
勿論、その魔力のルーツも、な」
彼女は言う。
フィアの悩みを解決する術を知っている、と。
ルカが置き手紙に書いていた全てを知っている人間、というのは彼女のことなのだろう。
フィアはそれを理解すると前のめりになって問うた。
「一体、何なのですか?俺……否、私は……」
それが知りたい、とフィアは言う。
しかしそれをディアノは静かに制して、微笑んだ。
「少しずつ説明するよ。
信じられないことも多いだろうが、落ち着いて聞いてほしいからな」
焦らなくて良い、話さなければならないことはたくさんあるのだから。
落ち着いた口調でそういうディアノ。
そう言われてしまっては、落ち着かざるを得ない。
ディアノは黙ったフィアを見ていい子だな、と言った。
「本当はお茶の一つでも出してやりたいところなのだが、生憎と“この体”では飲み食いする必要もないものだから」
そう少し冗談めかした声音で言った後、彼女は一つ息を吐いて、言った。
「さて、私はディナ女王の双子の姉。
数年前に死んだといわれるこの私は今此処にいる。
その理由は単純……魂が此処に留まってしまったからだ。
私が死んだことは事実だ」
此処にな、と彼女は言う。
ふっと息を吐き出してから、彼女は遠い昔を思い起こすような顔をして、ふっと息を吐き出して、言葉を紡いだ。
「何故此処に魂が囚われたままになったのか、初めは違う理由のみを想定していたのだが……
どうやら私と似た境遇のお前に出会い、お前に真実を告げてやるという役割も負っていたようでな」
因果応報とでもいうのか、否、其れともこれも私への罪の償いの一つなのだろうか、などと淡々と話すディアノ。
どうにも回りくどい話し方をする彼女に、フィアは少し眉を寄せる。
「どういう……」
彼女……死んだはずのディアノが此処、オルフェウスの塔にいることと、自分の魔力。
何か、関係があるのだろうか。話の展開がつかめず、困惑するフィアに、ディアノは言った。
「私以外に、お前の魔力のことをしっかりと伝えられる人間は、恐らく存在しない。
お前の魔力は……あまりに特殊だからな。
その魔力がどういった力であるか確信を持てるのも、その真実を伝えられるのもきっと、私だけだったのだろう。
だから私は、死んだ後もこの場所に残ることになった。
もしかしたら罪を犯した私への、神からの罰なのかもしれないな」
随分と長く此処にいたのだ、と彼女は言う。
ずっと一人で、この場所に、滅多に誰も訪ねてこないこの場所に?
フィアはそれを聞いて、視線を揺るがせる。
何と言葉をかけて良いのかわからず悩む彼を見て微笑むと、ディアノは言った。
「初めはこの状況に怯えもしたが……
お前の従兄が此処にきて、お前の話を聞いた時、理解した。
私は、私と同じように“普通ではない魔力”に悩んでいるお前を助けるために、此処に残されていたのだと。
残っていて良かった、とも思ったな」
こんな私だから助けてやれる、とそこで一度、彼女は言葉を切った。
そしてふっと目を細めながら、柔らかな声で言う。
「……誰かの力になることは生前、私がなし得なかったことだから、もしかしたら私にとっても未練だったのかもしれないな」
そういった彼女はふうと息を吐き出した。