Knight ― 純白の堕天使 ―

□第六章 明朗快活
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***

部屋の外に出て、空を見上げる。
外は夕焼け色に染まっていた。

鮮やかな夕焼けの色。
ともすれば不安を煽るような空の色。
黄昏の空を見て、フィアは目を細める。

フィアは正直、この色が好きではなかった。
目に痛い程鮮やかな夕焼けの色は、”あの日”の、竜の炎を彷彿させる。

全てを矢いつくす、恐ろしい炎。
響く竜の咆哮。
ただ恐れ、震えていることしか出来なかった幼い頃の無力な自分を思いだしてしまう。

嫌な記憶を頭から振り払って、フィアは溜息を吐いた。
こんな夕焼けを見ているとどうしても、言葉で表せない不安に駆られてしまう。

家族が死んで、騎士を目指した。
その頃はこんな人生を送ることになるなど少しも思っていなかった。
ごく普通の女として生きていくものだと何の根拠もなく思っていた。

父がいて、母がいて、従兄(ルカ)がいて、村の仲間がいて。
一緒に笑い、一緒に生活し、幸せな日々が続くと思っていた。
それが幸福で、それが”当たり前”だと思っていた。

しかしある日、突然いつも傍にあったものが全て壊れた。
壊されてしまった。
本当に、一瞬だった。

突然現れた火竜の所為で、村は破壊され、父が殺され、母が殺され、村の子供もたくさん死んだ。
弱かった自分は何をすることも出来なかった。
それが、とてもとても悔しくて。辛くて。



―― 強くなりたい。



そう思い、騎士になった。

騎士になったことを後悔などしていない。
しかし……女としての生活を捨てることに何の未練もなかったと言えば、嘘になる。

同じくらいの年の町娘たちが綺麗に着飾って出かけていくのを見たときに何とも言えない切ない気持ちになることもあった。
フィアだって、十七歳の少女なのだ。

騎士になったばかりの頃は、女に戻りたいと願ったことは、何度もあった。
彼女たちのように穏やかに暮らしていけば良かったと一瞬頭をよぎることもあった。
男として生きることも、秘密を持って生きることも、もう嫌だと思ったこともあった。
全てを捨てて逃げたいと思ったこともなかったわけではない。

しかしその度に、甘えたことをいっているわけにはいかない、と何度も何度も自分を奮い立たせた。
此処にいる以上は一人の騎士。
ルカに止められても諦めず、此処に来たのは自分の意志だ。

騎士になることで自らが失うものはよくわかっていた筈だ。
全てを捨てる覚悟で、全てを失う覚悟で、フィアは騎士になったのだ。
そのために従兄まで巻き込んだというのに、いまさら中途半端でやめるわけにはいかない。
最後まで、戦い抜かなければならない。
それが、本当の覚悟だった筈だろう?
フィアは、自分自身にそう問うた。

そして、真っ直ぐに前を見る。

「俺は強くならなければいけないんだ」

フィアは言い聞かせるようにそう呟くと、自分の頬をぴしゃりと叩いて、歩いていった。



 
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