Knight ― 純白の堕天使 ―

□第四章 精神共鳴
2ページ/4ページ



***



少し時間が立って、フィアの部屋のドアが控えめにノックされた。
幾分落ち着いたのか顔を上げ、フィアは涙に濡れた目元を拭った。
そして声が震えないようにと一つ息を吸った。

「……開いている」

ルカはノックなどせずに入ってくる。
彼でないとするなら……一体誰だろう、そう思いながらフィアは返事をした。

「フィア……」

小さな声で名を呼ばれ、その主に視線を向ける。
自分の前に歩み寄ってきた相手の姿を見て、フィアは警戒を解いた。

ふわふわとした白髪。
黄色い瞳。
見慣れた自らの親友が、心配そうに覗き込んでいた。

「……アルか」

フィアの部屋に来たのは、アル。
その姿を見てフィアはふ、と微笑む。

彼はそっと彼の頬に手を当て、困ったような顔をした。
そしてそのまま、そっと、問うた。

「泣いてた?」

優しい、けれども何処か確信を持っている様子のその声に、そして何より予想外の言葉に一瞬動揺しかける。
しかし、直ぐにフィアは首を振った。

「目にゴミが入っただけだ」

わざと、ぶっきらぼうに答えた。
そしてやや乱暴に目元を拭う。

普段は、アル相手にこんな話し方はしないのだが、プライドの高い彼は、泣いていたことを認めたくなかった。
無表情(ポーカーフェイス)を装うのは、得意なはず。
だから、うまく誤魔化せるはず。
そう思って。

目を合わせようとしないフィア。
それを見て、アルはふぅと溜息を吐いた。
そしてゆっくりと首を振ると、言った。

「嘘つかないで。僕には聞こえたよ?」

相変わらずに柔らかく、しかしはっきりとフィアの言葉を否定するアル。
そんなアルの言葉を聞いて、フィアはきょとんとした。
泣き声が聞こえたという意味だろうか?
否、声を立てて泣いてはいない筈だ。
ならば、一体何故?

そんなフィアの思いを汲んだように、アルは言った。

「僕にはね、フィアのね、助けてって声が聞こえたんだ。
 痛くて、苦しい声だった。
 だから、僕は此処に来たんだよ」

きゅっと拳を握って、自分の胸に当てながらアルは言った。
その表情は、痛みに耐えているような雰囲気でもある。
アルの言葉を理解しかねたフィアは、怪訝そうな顔をした。

「どういう、意味だ?」

声をあげたつもりは無論ない。
例え部屋の外にいたとしても泣き声は聞こえなかっただろう。
人前で弱音を吐いたことなど、そうそうない。
……勿論、今だって。

不思議そうな顔をしているフィアの問いかけに、アルは微かに笑って、言った。

「僕ね、昔からたまにあったんだよ。
 誰かの心の声、っていうのかな?そういうものが聞こえること。
 昔は誰の声かとか全然わからなかったんだけど、最近は親しい人なら分かるようになったんだ。
それで、今フィアの声、助けてほしい、って声が聞こえて、此処に来たんだ」

アルが語ったのは彼が昔から持っていた能力。
誰かが泣いている、苦しんでいる、助けを求めていることを感じ取る能力。
今その能力で、フィアの声が聞こえたから、こうして此処に来たんだ、とアルはいう。

「だからねフィア、泣いてたの、隠さなくても良いよ」

柔らかな笑みを浮かべるアルの白髪を、優しい風が揺らす。
子供を宥めるようにそう言うそんな親友を見て、フィアはゆっくりと瞬きをした。

アルにはそんな力があったのか、とフィアは驚いていた。
そうした能力に関して、本では読んだことがある。

『精神(マインド)共鳴(シンパシィ)』という能力のはずだ。
一種の読心術のため、あまり歓迎される力ではない。
心を読むことが出来る人間の中には、その能力を悪用するものもいる。
人の心を読み、その相手の弱みを握るような真似をする者も少なからずいるのだ。
そのため、読心術を持っているというだけで迫害される国もあるくらいだ。
だから、読心術を持っているということを明かす者はなかなか居ない。

しかし、アルの能力はそんな物騒な能力ではない。
誰かのために使うことが出来るものだった。
他者の心の痛みを感じ取ることが出来る。
他人の苦しい気持ちを共有することが出来る。
相手の気持ちを理解した上で、行動することが出来る。

……きっと、優しいアルだからこその能力なのだな、とフィアは思った。




 
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ