Knight ― 純白の堕天使 ―
□第十四章 いつも通り
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第十四章 いつも通り
フィアが目を覚ましてから暫くして、部屋の戸がノックされた。その音を聞き、あっとアルが声を漏らす。
「……シストさんたちに連絡しに行くの、忘れてた……」
フィアが目を覚ましたらすぐに連絡しに行かなければ、と思っていたのに、すっかり忘れていた。まずいよね、という顔をするとアルはフィアのベッドの後ろに隠れた。
連絡しなかったことをシストに叱られると思っているようだ。
シストはそれくらいでは怒らないだろうに……フィアはそう思いながら苦笑する。
そしてそっと息を吐き出して、ドアの向こうに声をかける。
「……開いているぞ」
フィアが答えると同時、ドアが勢いよく開いた。
ガンッとドアが壁にぶつかる音が響く。
その向こうで、淡紫色の長い髪が揺れる。驚いて見開かれた瞳。
フィアはその様子を見て、苦笑した。
「シスト、五月蠅い。もう少し静かに……?!」
呆れたように言いかけたフィアが目を見開き、言葉を止めた。
そうなってしまったのも、仕方がない話だ。
無言で歩み寄ってきたシストに正面から抱き締められたのだから。
「シスト?」
いつもなら即座に怒りの声をあげるフィアも、驚きのあまり、リアクションが取れない。
静かに、シストの名を呼ぶに留まった。
フィアを抱きしめるシストは、何故か微かに震えていた。
「良かった。目を覚まさないんじゃないかって……心配、した」
吐息まじりに、シストは言う。
微かに震える、消え入りそうな声。
心の底から、心配していたと、嫌でも感じさせる声で彼は言うのだ。
そんなシストの様子に、フィアは怪訝そうな顔をした。
「なんでお前がそんなに……」
気に病む必要があるんだ、と続けようとしたフィアの言葉を遮り、シストは言った。
「仲間だから、さ。守ってやりたかった……ったく、そのための護衛だったのに、役に立たなくて、ごめん」
溜息を吐き出しながら、申し訳なさそうな声色で、シストは言葉を紡いだ。
まるで、叱られた子犬のような表情。
別に、彼が悪い訳ではないはずなのに、そんな様子の彼を見ていたフィアは、溜息を一つ。
そして、相変わらずに自分を抱きしめたままのシストを引きはがしながら、言った。
「離れろ。暑苦しい。男と抱き合う趣味はない」
心底暑苦しい、という感情を込めた視線を向けられて、シストは一瞬表情を引きつらせた。
「この野郎……元気になるなり、それかよ」
いつもどおりに振る舞うフィアを見て、シストも漸く笑った。
そんないつも通りのシストの笑顔を見たフィアはふっと笑い返す。
そして、きっぱりと言ってのけた。
「気にするな。俺はこうして生きている。問題ない、だろう?」
「……そうだな」
フィアの言葉に小さく、シストは頷いた。
本当に良かった、と小さく呟いて。
心底安堵した、という風のシストを見て、フィアは決まり悪そうに、視線を泳がせた後、口を開いた。
「でも」
そこで、フィアは言葉を飲み込む。
その言葉の先を紡ごうとしないフィア。
シストはきょとんとして首を傾げた。
「なんだよ?」
促されても尚フィアは暫し悩むような顔をしているだけで、なかなか言葉を紡がなかったが……やがて、一つ息を吐く。
「……心配、してくれて、ありがとう、な」
顔を赤くして、シストから目を逸らしつつ、フィアはぼそりとそう言った。
シストはフィアのそういう表情をあまり見たことがないため、驚き……それから。
「……はははっ! おま、本当に……そういう顔してる時、可愛い」
笑った。
心底、可笑しそうに。声を立てて。
「っ! 五月蠅い!」
顔を真っ赤にして、言ってやって損した、とフィアはシストに枕を投げつけた。
突然のことで、シストは避けることが出来ず、モロにそれを食らう。
「ぐ……ッ! やったな?」
シストは笑いながら、フィアにそれを投げ返した。
フィアが避けたため、枕は床に落ち、それをようやくベッドの陰から出てきたアルが拾って、シストの方へ投げつける。
結局三人で枕投げになり、部屋の中は大騒ぎになってしまったのだった。