Knight ― 純白の堕天使 ― U

□第四十七章 家族
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第四十七章 家族




「フィアの、お兄さん?」

アルが小さく呟いた。
彼とは長く一緒に居るが、そのような話は一度も聞いたことがない。
寧ろ、竜の襲撃で両親を失ってからはルカが唯一の家族だ、と聞いている。
故に、眼前の青年が放った言葉が、信じられなかった。

「嘘、だろ?」

シストも、茫然としたようにそう呟く。
彼もまた、フィアから兄弟が居るという話など、聞いてはいない。
隠しているという風でも、無かったように思う。

しかし、フォルの言葉に嘘はなさそうだった。
フィアとフォルの容姿があまりにも似ている。
柔らかな亜麻色の髪が、美しいサファイアブルーの瞳が、穏やかな声さえも、フィアによく似ているのだ。

「やっぱりびっくりするよねえ」

フォルはそう言いながら、愉快そうに目を細めた。
フィアによく似たサファイアの瞳には、悪戯に成功した子供のように無邪気な光が灯っている。
フィアはそんな風に笑いはしないが、きっと彼が笑ったならこのような雰囲気なのだろう、と思えるような笑顔を浮かべた彼はルカに視線を向けた。

「あ、そうそう。君だよね、フィアの”従兄”は」

フォルはそう呟き、微かに微笑むと、ゆっくりとルカに歩み寄った。
そして彼の耳元に唇を寄せ、囁く。

「弟、っていってあげたこと、感謝してほしいな」

そう言って、彼はくすり、と笑う。
ルカが大きく目を見開くのを見て、彼は満足げに言葉を続けた。

「僕はフィアの実兄だよ。
 フィアの本当の性別は知ってるに決まってるでしょ?
 でも、妹って言ったら、君もフィアも立場が危ないからね」

そうした事情はよく知ってるさ、と言って彼は微笑む。
そして軽く肩を竦めながら、言い放った。

「尤も、フィアにはもう関係ないけど。
 もうすぐフィアは僕らの仲間になるんだから」

嬲るようにそう囁くフォルが、愉快そうに目を細める。
”仲間”という言葉を聞き、ルカはルビーの瞳に怒りの炎を灯した。

「うるせぇ! 仲間になんかさせるか!」

ルカはそう叫ぶのと同時、フィアを片手で抱いたまま、もう一方の手で剣を振るう。
ヒュンッと風を斬る音が響く。
そんな彼の行動に、フォルは盛大に顔を顰めた。

「危ないなァ……フィアを落としたら承知しないよ」

低い声でそう言う彼の瞳が、冷たく光る。
呟くようなその声は、妹を心配してというよりも、お気に入りの玩具を壊されそうになって怒っているかのようなものだった。

「テメェに言われなくても、死んでも落とさないから心配いらねぇよ!」

ルカの瞳が赤く煌く。
片手で必死に剣を振るう彼は、もう一方の手でしっかりと、大切な家族を抱き寄せた。

彼もまた、フィアに兄が居たことは、知らなかった。
聞いたこともなかったし、恐らくフィアも知らなかっただろう、と思っている。
ある意味で、彼の”肉親”がいたことは、喜ぶべきなのかもしれない。
しかし、そんな考えはすぐに、消し飛んでいた。

眼前の彼に、フィアを渡してはならない。
事情が呑み込めない現状でも、そう強く思う。
フィアの兄と名乗る眼前の青年は、フィアを“妹”として取り戻そうとしているのではない。
それが、わかり切っていたから。

怒りの炎がちらついているその瞳で、ルカはフォルを睨み付けた。
それに動じることなく、ふわりと笑って、フォルは言う。

「落とさない、か。ただの人間の癖に、大層なことを言うね。
 立派な騎士道だ。否、家族愛、というべきなのかな」

人間らしい感情だ、と感心したようにフォルは言う。
しかしその声は、表情は、相変わらずに作りもののような笑いを灯したままだ。

蒼の瞳を細めながら、彼はルカを見つめ、言う。

「だけど……傷を負ってもそれが言える?」

その言葉と同時、一瞬、フォルの蒼い瞳が邪悪に光った。
刹那、短く風を切る音がしたと思えば、ルカの右腕が深く斬れる。
パッと、鮮血が散った。



 
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