Knight ― 純白の堕天使 ― U

□幕間 スレチガイ(side ハク)
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スレチガイ(Side ハク)




―― 影猫(シャドウ・キティ)の住処にて。

ロシャは一人、部屋で武器の鎌の手入れをしていた。
此処に来たときから使っている、愛用の武器。
大きさが大きさであるために手入れも大変ではあるが、そうした作業も嫌いではない。

と、その時ドアが開いて、黒のスーツを纏った青年が入ってきた。
闇に浮くような真白の肌の彼は野生の獣のような瞳でロシャを一瞥する。
此処に居たのか、という低い声に頷いたロシャは目を細めながらひらりと手を振った。

「ノアールおかえり。騎士様は?」

彼……ノアールは、ディアロ城騎士団の元から攫ってきた騎士、フィアを牢に運んでいったはずだった。
どんな具合か、とロシャが問えば、彼は軽く肩を竦めて、答えた。

「まだ寝ている。医療班に一応の治療はさせた。死んだら困るからな」

手のかかる、と吐き捨てるように言って、ノアールは溜息を一つ。
そしてそのまま椅子に腰かけた。
長い脚を組み、首元に締めた黒いリボンを指先で弄る。
そしてふぅん、と大して興味もない様子で鎌の手入れを再会するロシャを見て漆黒の瞳を細めながら、声をかけた。

「久々の兄弟の対面だったな?」

揶揄うようにノアールが言うと、ロシャの眼が変わった。
素早く立ちあがった彼は、手入れをしていた鎌をノアールに突きつける。
ノアールは首筋に鎌を当てられても動じずロシャを見つめ、ゆっくりと瞬いた。

「死にたいの? 兄弟って言うのやめてよ」

低い声で、彼は言う。
ぎらつく黒の瞳には、強い怒りの色。
ノアールは緩く口角を上げ、ひらひらと手を振りながら、言った。

「わかったわかった。悪かった」

冗談だ、と言いながらノアールは薄く笑みを浮かべて、両手を挙げる。
その様子を見ると、ふん、と鼻を鳴らして、ロシャは鎌の手入れに戻った。

―― 兄弟なんて、もう思わない。

先刻まで共に居た、琥珀の瞳の人物。
自分が敬愛していた、愛おしく憎たらしい人物。
自分が“生きていた”頃から少しも変わらない、明るい顔をした、青年騎士。

―― ハク!

頭の中に響くのは、かつての兄の声。
”昔の”自分の名を呼ぶ、兄の声。

「……やめろ」

ロシャは小さく呟く。

―― 僕はハクの……

優しく笑う兄の顔が、浮かぶ。

「やめろって言ってるだろ?!」

ロシャは叫び、がつんと床に鎌を振り下ろした。
石造りの床が砕け、ぱらぱらと土煙が舞う。

やめろ、その名前で、呼ぶな、と叫び、ロシャは首を振った。
脳内に染みついた彼の顔を、声をかき消そうとするかのように。

「どうした、いきなり」

怪訝そうな顔で訊ねられて、ロシャははっとする。
見れば、ノアールが僅かに驚いたように黒の瞳を見開いて、自分の方を見つめていた。

普段無表情なノアールの表情が変わる程、随分大きな声をあげてしまったのだろう。
そう思い、少し決まり悪そうな顔をしながら、ロシャは言った。

「あ……ごめん、ちょっと僕、外行ってくる、ね」

ロシャは曖昧に笑ってそう言うと、部屋を出ていく。
何を言うでもなくその背を見送りながら、ノアールはすぅっと目を細めた。

―― そろそろ”修復”の時期だろう。

そろそろ、主の魔術の効力が薄れる頃だ。
そう思いながら、ノアールはそっと、息を吐き出した。




 
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