Knight ― 純白の堕天使 ― U

□第四十二章 悔しさと涙と、決意と
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悔しさと涙と、決意と




なす術がなかった。
フィアを安全に取り戻す方法も、ノアールたちを止める方法も、思いつかなかった。

誰一人、動けなかった。
誰一人、進めなかった。
止められなかった。
守れなかった。
全てが……全てが、仕方がないことだった。

それは、確かだろう。
しかし、これが最善だったと、胸を張って言えるものが、この場に一体何人いるだろう。

「……んで」

ロシャ達が消えてから暫く呆然としていた騎士たちの中で最初に口を開いたのはシストだった。
静かな、静かな声で、シストは何か呟く。

―― 次の瞬間。

「何でだよ!!」

ガッとルカの胸倉を掴み、シストが叫ぶ。

「シスト?!」

それを見て他の仲間たちは驚いた声をあげる。
満身創痍の体の何処にこんな力が、と思う程の大声でシストは怒鳴る。

「なんで、何でフィアを連れて行かせた?!
 無理矢理でも取り返せばよかったじゃねぇかッ!
 彼奴らに連れて行かれたら、何されるかわからねぇ!
 約束守って、生かしておくかどうかすら、わからない!」

何の保証もない。
彼らが、約束を守るかどうかも、フィアをどうするつもりなのかもわからない。
そんな状況だったのに、なぜ行かせたのか。
そう叫び、シストはルカを見据える。

ぎゅ、とルカの胸倉を掴んだままに、震える声でシストは言った。

「三日しかない……三日で、奴らの住処を探し出して、フィアを助けだせるのか?!
 それともまさか、本気で戦闘のための訓練をするとか、言いだすんじゃねぇだろうな?」

揺れる、揺れる、紫色の炎。
強い怒りを湛えたその瞳がルカを射抜いている。

ルカは答えない。
シストに胸倉を掴まれたままに、眼を伏せる。
それがなおさら彼の怒りを助長する。

シストは手に込めた力を強くして、続けて怒鳴った。

「答えろよ……答えろ!
 何で奴らを止めなかった?!
 これだけ、力がある騎士がいるのに、どうしておとなしくフィアを渡した?!
 彼奴は、お前の大事な従弟じゃねぇのか?! 何で……ッ!?」

何で、どうして、どうして……!? 
吐き出されるのは、疑問の言葉ばかり。
咳き込みながら、ぼろぼろの体で、彼は叫ぶ。

もう二度と、逢えないかもしれない。
そうなることの恐ろしさを、シストは嫌という程よく知っている。
もう二度と、あんな想いをしたくはない。
きっとルカも、同じ想いだと、そう思っていたのに。

と、不意に、叫び続けていたシストの声が途切れた。
声が途切れると同時に、シストの体がその場に崩れ落ちる。

「シスト?!」

不意に倒れこんだシストを抱きとめ、ルカが驚いた声をあげる。

「大丈夫です。眠っているだけですから」

静かな声で、ジェイドが言う。
彼の手はシストに向けられていた。
シストがおとなしくなったのは、ジェイドの魔術……植物麻酔(プランツ・エスティージャ)の影響。
暴れるシストをおとなしくさせるために、ジェイドが使った魔術だった。

ふ、と息を吐いて、ジェイドは流れてきた前髪を払って、言う。

「……やれやれ。怪我人相手に魔力は使いたくなかったのですが、こうしないとシストの命が危ないですからね」

そう言ったジェイドは眠っているシストをルカから受け取り、抱きあげた。

ぐったりと眠ったままのシストの眼尻から一筋、涙が落ちる。
どうして、という掠れた声が微かに聞こえた。

ジェイドはそんな彼の額をそっと撫でると、仲間たちに微笑みかけて、言う。

「僕たちは先に戻っています。皆も早く戻ってきてくださいね。
 ……行きますよ、アル」

ジェイドは足で地面に空間移動のための魔法陣を描いた。
暫し茫然としていたアルはその言葉に頷き、彼が描いた魔法陣の中に入り、一緒に城へ戻っていく。

「……俺たちも帰ろうぜ」

ジェイドとアルがいなくなってすぐ、クオンがそう声をかけ、ルカの背を押した。
アレクも拳を震わせて俯いているアンバーの頭に手を置いて、言う。

「行くぞ、二人とも。作戦会議だ」

此処で立ち止まってる場合じゃないだろ、と冷静で力強い声で、アレクは言う。
そして、乱暴にルカの頭を撫でると、言った。

「……お前の決断は間違ってねーよ、ルカ。
 シストも混乱してるだけだ。気にすんなよ」

そんな彼の言葉にルカはぎこちなく笑う。

「あぁ。……ありがとな、アレク」
「良いってことよ」

先行くぞ、とアレクは歩き出す。
そんな彼の背を見つめたルカは力なく笑った後、一度だけロシャ達が消えた方角に視線を投げた。

―― ごめんな。フィア……

そんな、誰にも届くことのない呟きを漏らし、彼は仲間たちを追ったのだった。


 
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