騎士たちの集会所(Knight 短編小説)
□Lost… ― 記憶 ―
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「え……?!」
アルの言葉に、フィアは目を見開く。
それと同時に、ジェイドが言っていた"あるケース"を理解した。
「わかりましたか……?魔獣のタイプが、精神魔術系を使うタイプだったようなので……
すぐに何の症状も出ていなかった、その時点でこの事態を危惧していたのですよ」
ジェイドはそういうと、障壁を張ったまま、アルに歩み寄った。
アルは、手負いの獣のごとき瞳を向けて、ジェイドに魔術を放った。
「くるな!近づくな……っ!!」
バチバチと火花のように植物属性の魔術がはじける。
ジェイドはきつくアルの手をつかんだ。
「やだやだやだ!!離せっ」
攻撃をやめないアル。
その瞳は怯えきり、傷つけられることを恐れる獣そのもの。
暴れるアルの魔力がジェイドの腕を傷つける。
「じ、ジェイド様!」
「平気です」
ジェイドは手に血が伝うのも気にせず、その手の力を強くした。
「やめろ、といっているのがわからないのですか……?」
冷たく、重い声。
鋭い視線に、アルがびくりと身体をこわばらせて、おとなしくなる。
ジェイドはにこりと微笑むと"いい子ですね"と呟くように言った。
そして、フィアのほうを振り向いて、言う。
「フィア、少し外に出ていてくれませんか?」
―― 追いだすのも酷ですが……このままこの部屋で、僕とアルの会話を聞いていたら、フィアも悲しい思いをするでしょう……
ジェイドの言葉に、しばし黙り込んだ後、フィアは部屋を出て行った。
フィアが出て行ったのを確認してから、ジェイドはアルの瞳を見据えた。
先ほどまでの怯えは消えていたものの、今度は警戒の色がともる、大きな黄色の瞳。
「……それで、あなたは誰?」
「逆に聞かせてください。あなたは誰ですか?」
「僕は……」
……沈黙。
黙り込んだあと、アルは泣き出しそうな顔をした。
「僕は、僕は……」
名前を言おうにも、思い出せない。
自分は、誰?
困惑するアルの頭を撫でて、ジェイドは微笑んだ。
「思い出せないんでしょう?いいですよ。事情は僕が説明します」
やはりか、と小さく呟いて、ジェイドはアルに事情を説明した。
アルの名前、この場所の名前、自分の名前。
アルが騎士をしていること、医療部隊草鹿に所属していること、
そして、先ほどの任務で魔獣に魔術をかけられてしまって、そのせいで記憶を失ったのであろうということも。
「……」
「最後に、ひとつ聞きますが……先ほど、貴方の手を握っていた、青い瞳の少年の名前、わかりますか?」
「……わからない。自分の名前も覚えてないのに、他人の名前なんて覚えているはずがないでしょう?」
妙なことを聞くな、といわんばかりの顔をするアルを見て、ジェイドは溜息をついた。
「やはり、フィアは外に出して正解でしたね……」
くしゃ、とアルの頭を撫でて、ジェイドは呟く。
「……忘れたほうも辛いですが、忘れられるほうは、もっと辛いのですよ……」