騎士たちの集会所(Knight 短編小説)

□勿忘草 ― この世界で ―
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彼が食堂に行くと、すでにそこはほぼ満席。

任務前の騎士たちが集って食事を取っていた。

いつもより、少々時間が遅かったようなのである。

さて、どうしたものかとあたりを見渡していたとき、声をかけられた。

「……お前にしては珍しいな。寝坊か?」

「お、フィア。おはよう」

声の主はパートナーのフィアだった。

そして、彼が座っている横の席には彼のものであろう本が置いてある。

「……場所とっといてくれたのか?」

「あぁ。いつもはお前がそうしてくれているからな」

本をどけ、"座れ"とフィアが促すと、シストは礼を言っていすに座った。

そして、眼鏡を取り出してかける。

その様子を見て、フィアは怪訝そうな顔をした。

「何で今かけるんだ?」

「いや、この後書類整理だからさ。少し目をならしておこうと思って」

シストは苦笑する。

ほかの仲間より書類整理の仕事を押し付けられることが多いシストは、少々目が悪い。

普段は裸眼でもどうにかなるが、細かい文字を見ながら作業するとなると、少々視力が足りない。

間違いがあったら困るものもあるため、こういう場合は眼鏡をかける。

それはフィアも知っていた。

"目をならす"ということはあまりなれていないということ。

フィアは"なるほど"と呟くようにいった。

そして、そのままパートナーを見つめる。

「……シスト」

「?どうかしたか?」

「……いや」

なんでもない、といってフィアは席を立った。

「……コーヒーとってくる」

「おぉ。俺のも頼むよ」

「……人をパシリにするな」

そういって睨みつつ、フィアは歩き出した。




フィアは二人分のカップをトレーに乗せつつ、溜息をついた。

シストの表情が、いつもより少し沈んで見えて、心配になったのだ。


―― 何かあったのか?


そうきけなかったのは、シストを傷つけるのが怖かったから。

シストの過去は、深すぎる。

それなのに、彼は割りといつも明るいから、何処が地雷なのか、わからないのだ。

もしかしたら、不用意な一言で傷つけているのかもしれない。そう思うと、怖かった。

「……何を考えているんだ。俺らしくもない」

そう呟いて、カップを持って戻る。

すると、机の上に資料を開いて真剣に見ているシスト。

フィアは溜息をついて、そんなパートナーの頭を小突いた。

「痛」

「食事のときくらい、しまっておけ。そんなに急ぎの仕事なのか?」

カップをシストの前に置きながら、フィアはたずねる。

シストは礼を言って受け取った後、苦笑気味に言った。

「明日、俺休みもらうからさ」

「は?」

何故?と一瞬不思議そうな顔をした後、フィアははっとしたようにカレンダーを見た。

「……なるほどな」

「そういうこと。できる限り、今日中に仕事を片付けておきたいんだよ」

そういって笑うシストは、やはりいつもと違う雰囲気。

その理由の一部は、フィアにもわかった。

「とりあえず……無理はするなよ。俺でできることなら、手伝うから」

「あぁ、ありがとう。今のところは大丈夫だ」

そして二人はコーヒーを飲んだ。

砂糖もミルクも入れないコーヒーの苦さは、心の奥底に隠れた"何か"に良く似ていた。




 
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