騎士たちの集会所(Knight 短編小説)

□大好きだから。
1ページ/8ページ




どんな魔術も、薬も、必要ない。
君の笑顔が、みられなくなってしまうなら……




大好きだから。







騎士たちの話声でいっぱいの休憩室に乾いた音が響いたのは、ある日の夜のことだった。

パンッという、乾いた、音。

破裂音にも聞こえるそれは、亜麻色の髪の少年が、目の前に立つ、白髪の少年の頬をはたいた音だった。

シン、と静まり返る休憩室。
驚きの表情で固まっていた周囲の騎士たちは、ひそひそと小声で何があったのだろう、と囁き合った。

これがただの喧嘩なら、誰も気に留めなかっただろう。
喧嘩は日常茶飯事。
喧嘩をしても、数十分後には仲直りしているのが、この騎士団だから。

しかし、今回はそうはいかなかった。

というのも。



「……アル、お前はわかってると思っていた。俺が、一番嫌うことが何かを」

冷たく、鋭い声で、少年は言う。
彼の、フィアの目の前に立つ少年……アルは、茫然とした表情で、フィアの顔を見つめていた。

アルの白い頬にじわじわと浮かび上がる、赤い手形。
それは、まぎれもなく今、フィアに叩かれてできたもので。
フィアは、普段彼に絶対向けないような冷たい目を向けて、問うた。

「どうして、嘘をついた?」

「……それは」

俯くアルに、フィアは言葉を投げる。

「薬草摘み、っていってたよな?一人ではいかないと。だが、今日草鹿の騎士は休みのはずだ。

 ……なのにどうしてお前が、こんな時間に、傷だらけになって帰ってくる?」

フィアの指摘通り、アルの白衣は土に汚れ、彼の膝や腕にはいくつもの傷があった。
薬草摘みに行って、ボロボロになることは、まずないだろう。
それに、フィアの言葉通り、今日草鹿の騎士はみなオフで、各々部屋で薬の調合をしていたはずだった。

それなのに、アルは一人で、外に出ていたという。

「俺が怒っている理由は、わかるよな」

静かで、怒りを含んだ声。
何に対する怒りなのか、周りにいる人間には理解できなかった。

「……俺は、以前お前に言ったはずだ。一人で出かけるな、と。
 危険だし、現にお前は一度死にかけているだろう?ドルイドの森にいって。
 こんな言い方は酷いと思うが……お前は、一人で魔獣を倒せるほど強くない。身を守るので精一杯だろう?
 それなのに、一人であんなところに行くのは、自殺行為だ。俺たちが、どれだけ心配したか、忘れたわけじゃないだろう?
 だから、もう二度と、あんな目に遭わないように、と約束したはずだ。
 それなのに……お前はそれを破った」
「でも……!」
「言い訳は聞きたくない。……お前には幻滅した」

冷たく吐き捨てるように言うと、フィアはアルの真横を素通りして、休憩室を出て行った。
バタン、とドアが閉まる音と同時に、休憩室が騒がしくなる。

「おい、大丈夫か?ずいぶんこっぴどくたたかれたな……」

一部始終を見ていた騎士の一人がアルに声をかける。
アルはにこ、と笑って頷いた。

「平気です。……僕が悪いから、仕方ないんです」

そういう声は、冷静で、落ち着いてはいたが、誰も見逃しはしなかった。
アルの足が、小さく震えていること。
黄色い瞳が、うっすらと潤んでいること。

「ごめんなさい。騒がしくしてしまって」

僕も帰りますね、と言ってアルも部屋を出て行った。





騎士団内でも有名な親友同士のフィアとアルの喧嘩。
その原因を、誰も知るすべはなかった。




 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ