兵士達の噂話(短編小説)

□夢で逢いましょう
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〜夢で逢いましょう〜




―――建業・執務室―――




「む………」


窓から入ってきたひんやりとした風が私の頬を撫で、その冷たさで私は目が覚めた。


「………」


目の前には書きかけの書簡と、墨で先端の固まってしまった筆がある。


どうやら仕事の途中、机で眠ってしまったらしい………。


「執務中に私が寝てしまうとは…な」


自嘲気味に呟き机から離れる。


「………んっ」


まるで万歳をするかのように両手を上げて、完全に固まっている身体をほぐす。


パキパキと身体の各部位から骨の鳴る音がする。


「………ん?」


身体をほぐし終わったところで、壁に立てかけてある二本の釣り竿が私の目に入った。


私はいつの間にかその二本の釣り竿を掴み、眺めていた。


「雪蓮が逝って、もう一月が経つか………」


一本は私の、もう一本は逝ってしまった雪蓮の釣り竿。


少し前にこっそり北郷と一緒に釣りに行ってきた雪蓮から没収した物だった。


もうこの竿を使って約10年になるが、素材が良いからなのだろう。


何処にも損傷した後が見られない。


そんなことを考えながら雪蓮の釣り竿を撫でていると――


「冥琳さま〜」


どこか抜けた様な声を出す女性―――陸遜、真名は穏―――が部屋に入ってきた。


「どうした、穏」


私は釣り竿を壁に経て開け直しながら、穏に聞いた。


「今日の分の書簡です〜、よいしょっと」


どうやら今日の分の書簡を持ってきてくれたようだ、が―――――。


「今日はいつもより少ないな…」


いつもとは違い、少なめだ。


「はい〜、一刀さんや亞莎ちゃんが頑張ってくれたので〜」


「そうか…」


自分の後を託せる者達の技量が上がっていくのを聞いて、少し口元が緩む。


――――――後を託す日も近いやもしれんな…。


「冥琳様って釣りをなさるんですか〜?始めて知りました〜」


そんなことを考えていた私の意識は、穏に話しかけられたことで現実に引き戻された。


「ん?ああ…昔からよく雪蓮に付き合わされてな…」


先ほど立てかけた釣り竿を撫でながら答える。


「あ、すみません…」


雪蓮という名前に反応したのか、わたわたと慌てる穏。


「ふっ…気にするな、私なら大丈夫だ」


そう言う私を見て穏は何か思いついたように手を「ポン」と叩く。


「いやぁ〜今日は天気が良いですね〜、絶好の釣り日和ですね〜」


「?」


「という訳で今日の冥琳様の分は私がやっておきますから〜」


「何が、という訳だ馬鹿者」


バシン


机に置いた書簡を持ち直し、部屋から出ようとする穏の頭を叩く。


「いた〜い、冥琳様何するんですか〜」


書簡で両手が塞がっており叩かれた箇所をさすることのできない穏は、涙目になりながら悶えている。


「余計な気を使わんで良い」


「でも最近冥琳様は働きすぎです、たまには休まないと駄目ですよ〜それではっ!!」


気を抜いた一瞬の内に穏は部屋から逃げていった。


「………やれやれ」


机を見ると、筆しか残っていなかった。


どうやら書きかけの書簡まで持って行ったようだ。


「穏がここまでしたのだ…偶には、良いか…」


―――久しぶりに釣りをするのも悪くない…。


そう思い始めてきた私は釣りの準備を始めた。
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