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□彼。
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真夜中に目を覚ますと、一緒に眠りに着いた筈の彼が隣にいない。
部屋を見渡せば、離れたソファに一人座って読書をしている。
直ぐそこにだってソファはあるのに、距離を取られたようで面白くない。

少しの照明と分厚い書籍、
そして、グラスに注がれたスコッチ。
彼はいつもそう、
私が眠りに就いた後で、一人の時間を上手に愉しんでいる。

男の人って皆こうなのかしら?
……―――何だか狡いわ。




「スティーヴ、まだ起きてたの?」

「ああ、起こしちゃったかな。ごめん、今明かりを消すよ」

「いいのよ。読み進めたい所まで読んで。先を気にしたままだと気になって眠れないだろうし、また一人でこっそり起き出されても悔しいもの」

「ははっ、悔しいってセシル。どうしたんだい?何か怒ってる?」

「別に……ただ、ちょっと悔しいだけよ」




つい、と鼻先を彼と反対方向に向けて、不機嫌さをほんの少しアピールしてみる。
これくらいの事、きっと彼は気にも留めない。
前々から言っていたもの、
女性は皆、フィリップの天気みたいに移り気なものさって。
今の私が何を不満に思っているかだなんて、気付いたとしても一時の気儘としか取られないに違いない。




「セシル、こっちにおいで。君がご立腹の訳を話してくれないか」

「やぁね。ご立腹だなんて大袈裟よ。ちょっと拗ねてみただけだもの」

「十分な理由だよ。じゃあ、君が拗ねた訳を教えて。ほら、こっちに座って。乾杯しよう、君も呑むだろ?」

「でも、お邪魔じゃないかしら?」

「俺は君を邪魔だなんて思った事は、人生に於いて一度も無いけどな」

「読書の」

「……成る程。君がご立腹な訳が今のでわかったよ」




シャーロック然り、たった一つのワードから答えを導き出す彼は、昔から推理力に長けている。
本人曰く推理とは名ばかりの、「単に洞察力と考察力が長けているだけだよ」と軽く言うけれど、それって冴えた推理に繋がる必須項目だと思う。

彼はぽんぽんと優しくソファを叩いて、私に座るように促してくる。
まだ誘いに乗ってもいない内から新しいグラスにスコッチを注ぐ彼は、やっぱり狡い。
私が断らないのを知っているんだもの。




「じゃあ、ちょっとだけ……」




促されるまま、彼が座る隣に腰掛ける。
ソファに重心を乗せて、背凭れに身を預けようとしたなら、突然クッと肩を抱き寄せられた。




「スティーヴ?」

「君が今座るのはこっちだよ」




肩を抱かれ、二の腕を引かれてずらされる重心。
ソファに座った筈が、流れるような動きにエスコートされて、自然と彼の膝の上に座らされてしまった。




「もう、スティーヴったら……。こんなの可笑しいわ。だって、貴方さっきぽんぽんって叩いたじゃない。ここに座ってって」

「引っ掛けだよ。こうして君を俺の腕の中に誘導する為のね」




斜め後ろの高い位置から、こめかみに向かってキスが降りてくる。
ちゅ、と微かなリップ音を立てて落とされた彼の唇を、片目を閉じて受け入れた後で私は批難を口にした。
だって、こんなの反則だわ。




「そうやって私の機嫌を取るのよね。本当、上手なんだから……」

「おや、穏やかじゃないな。俺はいつだって君とこうしてスキンシップを図りたいと思ってるのに」

「それなら、どうしていつもベッドから抜けてしまうの?一緒にいる時くらい、私との時間を大切にしてくれたっていいのに……。起きたらベッドに独りぼっちだなんて寂しいじゃない」

「……さて、漸く本題だな。先ずは理由を話してくれて嬉しいよ、セシル。ありがとう」




グラスを両手に持つ私を、背後からすっぽりと腕に納めて彼が抱き締める。
抱き締められた事で二の腕の自由を奪われた私は、手首を返す事でグラスを傾け、氷をからからと回した。
意味の無い行動だけど、手持ち無沙汰になるのを誤魔化す為にグラス弄りを頼りにした。
拗ねてしまった手前、構って欲しいと願う心を読み取られるには、今更恥ずかしいから。




「寂しい想いをさせてごめんよ、セシル」

「いいの。でも、たまには私だって一緒に夜更かししたいのよ?恋人を放ったらかしにお酒を呑みながら読書して……贅沢なものね」

「ははっ、手厳しいな。贅沢か……そうだな、確かに俺は贅沢な夜更かしを愉しませて貰っていたかもしれない。それも、世界中で一番の贅沢をね」

「……どういう事?」




「?」と上目に見上げた私の額に彼の頬が降りてきて、サリリッと前髪を撫でていった。
私の額を使って頬杖を着いた彼は、抱き締めていた腕を一旦弛めて腰辺りで落ち着かせると、先程まで読んでいただろう本をぱららっと捲って見せる。
私の身体を背後から挟むようにして伸ばされた彼の手は、あるページに差し掛かると動きを止めた。




「これって、医学書……」




てっきり趣味の読書だと踏んでいた予想は見事に外れた。
目の前で開かれたページには、赤や青色のペンを使ってびっしりと細かに彼の字が書き込まれている。
所々にマーキングされた付箋は、彼が何度もこの本を読み返した事を伝えるかのようにぼろぼろだ。




「愛しい恋人とベッドを共にして、眠りに就いた愛しい恋人の寝息をBGMに、志した道の勉強をする……。世界中で一番贅沢な夜更かしだ」

「……悔しい。そんな風に言われたら文句も言えないじゃない」

「文句を言うつもりだったのかい?」

「ええ、そうよ。いーっぱいいーっぱい文句を言うつもりだったわ。折角のチャンスだと思ったし……。時間を与えられた以上、話し合いの場は有効に使うべきだって前にウィルも言っていたもの」

「あいつめ、余計な入れ知恵を……」




グラスの中のスコッチは、最早アクセサリーのようだった。
手持ち無沙汰を補う為にからからと氷を回すだけだったそれを、どうやら彼も気付いたらしい。
勿論、私の意図も含めて。

彼は私の手からグラスを取り上げると、サイドテーブルにことりと置いた。
開いていた本も、今はソファの端に置かれている。



「君に寂しい想いをさせたのは確かだ、ごめん。最近不規則な生活を送っていたからか、寝付いても変な時間に起きてしまうんだ。それで君を起こさないように……」

「お一人様タイムを満喫していたのね?」

「棘があるなぁ、そう拗ねないでくれよ」




お酒を溢したらいけないという配慮も、グラスをテーブルに置いた今、もう必要無いと彼が強めに抱き締めてくる。
腰に回っていた彼の手が上に、胸のなだらかなカーブにと移ってくるのを、私は見て見ない振りをした。

だって彼の指は綺麗だから、長く見詰めてしまうと触れて欲しいと願ってしまう。
そんな自分を良く知っているから。




「相変わらず規則的な生活とは無縁なんだから……王子様だった時も、今も」

「ああ。でも、医師になるには必要な時間だよ。充実してる」

「……無理してない?」

「何を?」

「毎日寝る時間もまともに取れないくらい忙しいのに、こうして私との時間もちゃんと作ってくれるから……。私と会う為に無理をしてるんじゃないかって思うと苦しいの」

「怒らせてしまった次は不安にさせたかな」

「スティーヴ……」




胸の円みをなぞるように、大きな掌がそこを這う。
彼の膝の上に座る私はされるがまま、自由に彼の手を許した。
甘く噛まれる耳朶、
鎖骨を通り、谷間へと潜り込んでくる手とその手付き。
一方の手が寝間着のナイトワンピースの裾をたくし上げる頃には、拗ねていた事すら忘れてしまっていた。




「俺にとって君と過ごす時間こそが最も必要な時間だよ、セシル」

「……それもご機嫌取り?」

「本心さ」

「じゃあ、次に私が目覚めた時には、ちゃんと隣にいてくれる?」

「ああ、約束するよ。次からは君の隣で本を読むってね。もう二度と君にお一人様タイムを満喫して狡いとは言わせないよ」

「本当に?もし夜中にベッドから抜ける時があっても、その時はちゃんと私も混ぜてくれる?」

「君を混ぜるのは勿論構わないけど、そうだな……」

「……何か不都合でもあるの?」




上手なんだから。
私のコントロールの仕方を良く知ってるんだもの。




「その時は結果的にベッドに戻る事になると思うけど、それでもいいのなら……ね」




男の人って皆こうなのかしら?
ううん、
きっと考えても仕方無いわよね。




「やっぱりスティーヴったら狡いのね。逃げ方が慣れてるもの」

「逃げてるだなんて誤解だよ。口説いてると言って欲しいな」

「ほら、狡いじゃない」

「うーん、参ったな……」







これが生涯、一度きりの恋だもの。
彼以外の人がどうかだなんて、きっと私には関係無いんだわ。

私の一喜一憂は全て、彼が永遠に握っているんだもの。














彼。
いつだって彼は私の心を巧みに操る、王冠を置いた王子様。





20130829










誰得/(^q^)\(笑)
いや、本当はこのままエロに発展しようとしてたんですがね、それこそ誰得(笑)

いや、いいんだ!
俺得だ!
だがエロに発展する勇気はやっぱり無かった!←


ふわりの中のスティーヴは、ユウ兄に匹敵する変態の素質を持ち合わせた人物でして(※誉め言葉ですよ!)、変態プレイをさせたかった…。

あ、あと何故かフィリップ人の彼なのに、コテコテなリバティ人なイメージがあります。
だからか、スティーヴを書く時はいつもビビる大木をイメージして書いてしまいます。
ほら、大木さんといえばの鉄板アメリカンジョークな…ほら、あれ。(どれ)


ウィルりんの兄、スティーヴ。
きっと彼も夜はデンジャラスに違いない…。






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