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□■ハツコイ初恋
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君に恋をしたあの日々は、それは本当に綺麗だったんだ。
ビルの群生の中で咲く花畑みたいに
夜空を飛び交う渡り鳥の流れが作る虹のように
閉じた瞼の裏側にカラフルな絵の具を塗りたくっては、君の煌めきは眠りの中でまでキラキラしてみせて。
君に恋をしたあの日々は、本当に大切な時間だったんだよ。
春がきて夏がきて、秋の次には冬が来るように
前に進んでいく毎日をもう
巻き戻したりは出来ないけれど。
初恋ハツコイ
石畳の通り、歩道も車道も境目を無くす日曜日。
野菜に果物、香辛料から日用雑貨にアンティークまでと様々に。
男性『ロベルト様!今日もお忍びですかい?!』
女性『あんた!そんな大声で呼んだらロベルト様だって周りにばれるだろ?!』
男性『お前の声が一番デカイんだよ!』
通りいっぱいに連なるテント、沢山の籠や箱が敷き詰められて、朝から賑わいを見せるのは街の市場。
ロベルト『うん。お忍びでまた来ちゃいました』
活気ある市場の人々、子供達も日曜日とあってか早い時間から辺りを走り回っていて。
この国の明るさと人懐っこい雰囲気を存分に堪能する事が出来る市場にロベルトがふらり、一人で突然に現れた。
不意に姿を見せた王子に気付いた者は一瞬驚きはするも、昔から脱走癖のあるロベルトには人々も個人的な面識もあったりして。
男性『ロベルト様、今日はまたどちらにお出掛けで?』
ロベルト『うーん、決めてはいないんだ。何か面白そうなとこあるかな?』
女性『ああ!それなら広場の先の教会で今から結婚式があるらしいんですよ。参列者だけでなく居合わせた人達皆引っくるめて踊ったり歌ったりするみたいで!』
ロベルト『へえ?何だか楽しそうだね』
男性『いいねぇ!めでたい日ってのはそんくらい派手にお祭り騒ぎをした方がいいってもんさ!』
女性『あたしらもこの後行くんですよ、花嫁さん見にね!』
男性『お前はタダ酒飲みに行くだけだろうが!』
『うるっさいね!』と言って亭主の恰幅の良い横腹に肘打ちをする彼の妻にロベルトが苦笑した後、目の前に並べられている青果物の中からトマトを指差した。
ロベルト『美味しそうなトマトだ。これ、後で城に届けてもらえるかな』
にっこりとした笑顔でそう言うロベルトに『ありがとうございます!』、そう言って今しがたまでの言い合い等なんのその、口を揃えて笑顔を返す夫婦。
明るさと陽気な人々に触れ、ロベルトも満足そうに『じゃあ、また』と市場を後にして。
ロベルト『さて、と……』
起きぬけの眼で欠伸をしながら開いた部屋のカーテン、澄み渡る青空、眩しい程に輝く太陽の白さに。
あまりの天気の良さから『出掛けようかな』と考え無しに城を抜け出してきたロベルトは、勿論何処に向かう訳ではなかったが。
ロベルト『広場の先の教会……だっけ?』
市場の夫婦の話を受け、『楽しそうだな〜』、そう軽く思いながらロベルトの足は教会に向かっていた。
そうして向かった先、休日で賑わい活気を見せる街を瞳を細めて眺めながら辿り着いた広場の裏手、そこに佇む歴史ある教会。
式を終えたのか遠目からでも分かる、参列者達の祝福を受け、人垣の中央で寄り添い合う新郎新婦の姿。
ロベルト『わぁー…やっぱりいいね、結婚式!』
教会を通り過ぎる道行く人々も花嫁の姿に振り返り、『おめでとう!』と祝福の言葉を贈っている。
ロベルトもまたその光景に近い未来、自分にも訪れるその日の姿を重ねたりしながら、幸せな場に居合わせた事に胸を温めた。
今頃シャルルの空の下、大学に通って講義を受けているだろう恋人を脳裏に思い浮かべ、彼女の純白の衣装に身を包んだ姿を想像したりなんかして。
そうして一歩一歩と教会の前、参列者達に花びらの祝福を受ける新郎新婦の元へとふらり、歩み寄ったロベルトの目が僅かに見開かれた。
ロベルト『……え?』
照れ臭そうに参列者達一人一人に笑顔を返す、優しそうな人柄を表情いっぱいから伺わせる新郎の隣。
涙汲みながらも嬉しそうに。
嬉しそうに、幸せそうに。
それはそれはこの瞬間、世界で一番に綺麗な笑顔ではないかと思う程、満面に笑顔を咲かせる花嫁に。
ロベルト『……そっか……』
それは今でも胸の中、今の自分が成り立つ為に必要だった様々な思い出達の中で、変わらずに鮮やかに。
老いる事も消える事も、何ら色褪せる事もなく胸に遺る愛した人の面影、その人そのものの姿。
身を焦がす程に恋をして、毎日が楽しくて嬉しくて、誰かと唇を、肌を合わせる事がこんなにも幸せな事なのかと。
初めて思わせてくれた、愛して、愛して、そうして諦めた人で。
ロベルト『そっか……』
互いに叶わぬ恋だと分かっていながらも止められなかった衝動、切ない痛みも、苦さも甘さも初めてな。
涙する事も初めて知った、そんな恋をした人で。
ロベルト『幸せに……なったんだ……』
市場の夫婦が話していた、参列者だけでなく他の人々までも一緒に楽しもう、そんな式を。
ロベルト『変わってないや……』
そんな式を挙げる筈だ。
そんな人だった。
明るくておおらかで優しく、人の痛みを、その痛みが僅か針穴程の小ささだとしても気付いてしまうような。
いつだって欲しい言葉をくれて、いつだって帰りたくなるような、そんな温かい笑顔の、温かい人だった。
だから恋をした。
恋をして、愛して愛された。
そうして別れを選んだ、そんな優しくも切ない思い出の人が今。
ロベルト『……おめでとう』
そう、心から言える。
心から『おめでとう』と『良かったね』、『幸せにね』。
そして『ありがとう』、そう言える。
ロベルト『さー…てと、天気も良いし……次は何処に行こうかな!』
君に会えて良かった。
君に恋をして良かった。
恋が出来る自分で良かった。
文字にも絵にも歌にも表しきれない、例えようのない煌めきも輝きも、沢山に君から貰えた、教えてくれた、繋げてくれたんだ。
今の自分に。
ロベルト『あれ、電話?……って、あっ』
あの時、君との恋を諦めてしまった弱い自分でごめん。
沢山、沢山と泣かせてしまってごめん。
その涙を拭ってくれた誰かと君が幸せになるならば、こんな事を言える立場ではないけれど。
良かった。
良かった、また君の笑顔を見れた事、本当に良かった。
君を沢山泣かせてしまった分、強くならなければと思っていたのに、あれから中々そうも上手くいかなかったんだ。
だけど。
ロベルト『もしもし?あ、大学終わった?うん、うん……』
君を諦めておきながらこんな事を思う自分はずるいのかな。
でも、それでも。
今は、諦めたくない恋をしているよ。
繋いだ手を離したくない、笑顔を失いたくない、ずっと隣で可愛い寝顔を見ていたい。
そんな恋をしているよ。
ロベルト『え、俺?今ね、お出かけ中。……そ!当たり〜!また抜け出して来ちゃった訳なんだけど……ところでさ』
今までありがとう。
君との事は忘れないで、ちゃんと胸の奥に大切に遺ってる。
だけど、きっともう胸から出して眺めるような事はしないと思う。
今この胸には、何よりもキラキラと輝く愛しい笑顔が全てを占めているから。
ロベルト『今から迎えに行ってもいい?いい天気だし、デートでもしよっか!』
お互い前に前に。
歩いて行こう、春が来て夏が来て、秋の次には冬が訪れるように。
毎日が明日へと歩む速さを変えないように、流れに立ち止まる事なく。
前に、前に。
『おめでとう、お幸せに』、そして何よりもこんな自分とあの時恋をしてくれて『ありがとう』。
俺もね、
今度結婚するんだ。
2011.05.07
本編ロベちゃんの主人公の前に好きだったという女の子とのお話デシタ。