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□■キラキラ星
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撫でられた感触にこそばゆくなりながらも、目の前にある優しい微笑みに、ロベルトがつい口を開く。


ロベルト『ねぇ、パパ?』


国王『なんだい?』


ロベルト『ママは今頃どの辺のお空にいるの?』


その真っ直ぐな問い掛けに、ロベルトの頭を撫でていた国王の手が一瞬止まり、傍に控えていたアルベルトもロベルトに視線が向かった。


国王『そうだなぁ、ママも旅行好きだったから。今頃はドレスヴァンやオリエンスや……色んな国のお空を旅してるんじゃないのかな?』


ロベルト『アルタリアには?』


国王『勿論帰って来てるよ、毎日だ。ロベルトが元気にしているか、良い子にしていたか。ママは毎日チェックしに来るんだぞ?』


ロベルト『そっか〜。じゃああんまり悪戯は出来ないね』


国王『ははっ、そうだな。でもママも少しくらいの悪戯なら大目に見てくれるだろう。ロベルトはママ似だから』


アルベルト『国王様』


『これ以上甘やかさないで下さい』との意味を込めたアルベルトの視線に、国王はパチンとウィンクをして見せる。


そうして再び撫でるのはロベルトの頭で、その度に彼の癖っ毛がふわふわと跳ねた。


ロベルト『ママも悪戯っ子だったの?』


国王『それはもう、とんだ悪戯っ子だったよ。パパはママの悪戯に毎回手をやかされたんだ』


ロベルト『じゃあ俺の悪戯にもパパはまた手をやかされちゃってるの?』


国王『ははっ、そうだね。心配でハラハラもするが……お前には色んな物を見て貰いたいからな』


アルベルト『ですから、国王様……』


ロベルトの脱走癖を肯定する国王の発言に、アルベルトが眉根を寄せる中、国王の我が子を見遣る目は優しく細められている。


亡き妻の面影を鏡の様に映す、日に日に母親に似てくるロベルト。


この子が城を抜け出す様になったのは、妻亡き後から始まった行動だ。


国王『色々な物を見て……様々な人々と接して、そうして得た物が、いつかお前の財産になる。毎日を勉強して、冒険して……ママに胸張って手を振って報告してやりなさい』


『ポンッ!』と優しく叩かれた頭を自分で触り、ロベルトが小さくコクンと頷くと、国王が立ち上がった。


立ち上がった国王を目一杯見上げると、ロベルトが『くんっ』と国王の上着の裾を引っ張る。


ロベルト『でもパパ……』


国王『ん、なんだい?』


背の高い父親を一所懸命に見上げ、その穏やかな笑顔に再び問い掛けるのは。


ロベルト『ママがいない俺も迷子なんだよ』


それは何とも子供らしい表現で、何とも心からの寂しい本音で。


ロベルト『マルコって男の子はママの所に帰れたんだ。じゃあママはいつお空から俺の所に迎えに来てくれるの?』


それは何とも胸に届く、小さいながらも小さな胸をいっぱいに埋め尽くしたロベルトの声で。


国王『そうだな……』


それは国王だとて100も1000も神に願った想いで。


温もりも包む様な愛情も、優しさや、それが溢れんばかりの彼女の笑顔も。


ただ会いたいと。


写真では無く、城中にあちこちと残る面影では無くて、夢でもいい。


もう一度体温のある、この手で触れられる君に会いたいと。


何度も月夜に願った想いで。


国王『外に出てみるかい?今夜は星が綺麗だ』


ロベルトの小さな手を取ると、国王が彼を連れてダイニングを後にする。


アルベルトはそんな2人の後ろ姿を言葉無く見つめ、自分もまたその後を追った。


そうして向かった先、庭に出てみればそこかしこから虫の鳴き声が微かに聞こえ、人の気配に驚いた鳥達が飛び去る羽音。


そして辺りを真っ暗に染める夜の闇と夜露の湿気。


キュッと繋いだ父の手を握りしめながら、暗闇に慣れてきた目でロベルトが空を見上げれば。


ロベルト『星…いっぱい!』


赤や青、白に黄色と無数のキラキラ、満天の星空。


曇り空の多い時期、ようやく晴天が続いていたここ数日、それは久しぶりに見た輝く星々で。


ロベルト『ず〜っと上を見てると何か落っこちてきそうだよ?!』


国王『ははっ、そんなにずっと見上げてたら首が取れちゃうぞ?』


ロベルト『取れちゃうの?!』


アルベルト『取れません』


『うわぁ〜!』と言っては夜空を見上げるロベルトの肩に手を置くと、国王もまた瞳を細めて天を仰ぐ。


国王『前にも話した通りママはお星様になったから、きっとあの中のどれかがママだよ』


ロベルト『じゃあ、あれかな?…あっ、もしかしたらあっちのおっきなやつかも!1番キラキラしてるもん!』


国王『うん?どれどれ……ああ、本当だ。そうかもしれないね』


それは夜空いっぱいに散らばる煌めきの中、一番に輝る星で、柔らかな白色で。


ロベルト『落っこちてきてくれないかな……ママ』


ポツリと零したロベルトの声は、辺りに溶けて消えてしまう程小さくて。


ロベルト『あんなに高い所にいるんだもん、俺がここにいるってママちゃんと見えてる筈だもん』


国王『勿論だ、ちゃんとママはロベルトを見てくれてるよ』


ロベルト『じゃあやっぱり落っこちてきてくれないかな、ママ……』


子供ながらに周囲の大人が自分を必要以上に気にかけてくれているんだとわかってる。


母を亡くしてからというもの、それは過保護なまでの愛情に変わり、城に仕える者達全てが自分を大切に扱うのを気付いている。


沢山の愛情に囲まれて包まれて、何不自由無い生活と降り注ぐ程の父の愛。


わかってる、ちゃんとわかってる、それでもやっぱり。


ロベルト『会いたいよ、ママ……』


遠い遠い、実は近いのかもしれないけど、今の自分には凄く遠い。


ロベルト『ママ、落っこちてきて……迎えに来て』


遠い空に輝く星は、手を伸ばしても届かないから、背伸びしたってまだまだ全然届かないから。


だから。


ロベルト『落っこちてきてよ、ママ……』


その小さな声に、国王はロベルトの肩に置いた手を『ぽんぽん』と優しく2回叩いた。


そして同じく首を反らし満天の夜空を見上げると、ロベルトの言葉に先を繋げる。


国王『そうだな、パパも……会いたいな』


ロベルト『パパも?』


国王『ああ、パパもだ』


アルベルトの目の前にいるのは紛れも無い、この国の頂に立ち、億といる国民を両肩に背負う国王とその継承者だ。


だがその後ろ姿は今、ただ一心に夜空を見上げる父子であり、それ以上でも以下でも無い。


国王『会いたいが、ママが落っこちてきてもパパは受け止められるかな』


ロベルト『え?』


国王『ママは案外重いんだ』


そう言って悪戯にロベルトに笑顔を向けると、国王が再びぱちりとウィンクをして見せる。


肩に置いた手をもう一度ロベルトの頭にやると、優しくその先の言葉を続けた。


国王『ロベルトが寂しい時も、楽しくて仕方ない時もちゃんとママはお前の傍に居てくれてるよ』


ロベルト『でも、あんな目の前にお星様があるのに、何でママは近くに来てくれないの?』


国王『いつだって近くにいてくれてるさ。ママは今お空の上で一生懸命準備をしてるから、だから降りてはこれないだけで、いつでもロベルトをちゃんと近くで見てくれているよ』


ロベルト『準備?準備って何の準備?』


国王『ロベルトの好きなお菓子に料理に、世界中から今ロベルトの為に集めているオモチャや絵本に……とにかくいーっぱい集めたパーティーの準備だ』


ロベルト『パーティー?』


それは暖炉の前で遊んだブロック積みや、庭で遊んだボールに飛行機。


そうしてお腹が空いた頃に出される手作りのミートパイに、お菓子。


優しい掌、優しい子守唄。


眠りにつくまで毎晩読んでくれた絵本に、温かい愛の言葉。


温かい、温かい人が自分にくれた全ての思い出。


その思い出を星の様に散りばめた、愛しいこの子の為に開かれるパーティー。


国王『ロベルトを想って、ママは一生懸命にパーティーの準備をしてくれているから、ロベルトがこれからママがいなくてもちゃんと頑張れた時にママにまた会えるよ』


ロベルト『頑張ったら?そしたら会えるの?』


国王『ああ、だからパパも頑張らないとママに会えないから今頑張っているんだよ』


頑張るって何を頑張ったならいいかわからないけれど。


目の前にある全てが重くて大きくて、手にする事さえ躊躇う程に大きな荷物が山積みだけれど。


それらがいつか、いつかこの子に回るその時までには軽く。


軽くしてあげたいから、今は君を想い、この子を想いながら。


そうして生きた先に君が待っていてくれるなら。


国王『パパも頑張ったなら……ママに会いに行くよ』


ロベルト『ずるい!俺も会いたい!』


国王『だ〜めだ、パパが先だ』


ロベルト『え〜!俺が先だもん!』


国王『ははっ、パパが先だぞ?パパは毎日頑張ってるんだぞ?』


ロベルト『俺も頑張るもんっ!』


アルベルト『おや、言いましたね?』


国王『これから大変だぞ、ロベルト。なんせアルベルトに聞かれたからな』


アルベルト『聞き逃しません』


いつしか気付けば、ロベルトの小さな手を握るアルベルトの手。


もう一方は父に握られ、そうして両手から伝わる温かさ。


会いたくて、会いたいと願う人には直ぐには会えなくとも、いつかまた抱きしめてくれる、その日が待っているならば。


繋がるこの温かさに今は甘えて、目一杯に甘えたなら。


ロベルト『俺、頑張るもん!ママに頑張ったねって褒めてもらうもん!』


アルベルト『では早速戻って頑張りましょうか』


国王『ははっ、アルベルトは手厳しいな』


いつか彼女がロベルトの寝顔に語りかけた様に、この先は。








ルイーザ『ふふっ、ロベルトったら……手を離してくれないわ』


国王『本当に母親っ子だな。寝たってしがみついてるんだからな』


ルイーザ『可愛い寝顔……この子もこの先沢山の経験をしていくのね』


すやすやと立てる寝息、彼女に似た癖っ毛の柔らかな髪。


小さくて、まだまだ小さなこの子にこの先訪れる全ての物がどうか。


ルイーザ『幸せに繋がる優しい物でありますように……』


この子が悲しい時には温もりを、寂しい夜には子守唄を。


抱きしめてくれる『何か』が、常に共に在る様に。


時には辛く厳しい局面、重く背負いきれない程の荷物を抱えなければならないであろう、予想しうる定められた未来。


それに負けぬ強き人になってほしい、だから。


ルイーザ『沢山の人に会って触れ合って……色々な物を見て得て……』


手を握りしめる、この小さな手が、いつか沢山の人の手を払う事なく、差し延べ、繋いでいく人になるように。


ルイーザ『沢山の気持ちを覚えて……恋をして』


そうして頑張って生きた先に。


ルイーザ『愛してるわ、ロベルト……』


待ってる。


ずっと待ってるから。



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