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□■ロベルト〜あれから数年後〜
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ロベルト『じゃっ!俺、帰るから、みんなまたね!』
エドワード『え?この後の会食には出られないのですか?』
グレン『……聞こえてないみたいだな』
ジョシュア『あっという間に走っていったな』
キース『すっかり親バカだ』
パーティーを早々に切り上げると、ロベルトは足早にその場を後にした。
ウィル『……可愛くて仕方ないんだろうね。女の子だから余計に』
お城で自分の帰りを待つ、小さなプリンセスに会う為に……。
アルベルト『お帰りなさいませ、ロベルト様』
ロベルトの帰城を出迎えるアルベルトには目もくれず、彼は『ただいま!』とだけ言うと、とある一室に目掛けて真っ直ぐに歩いて行く。
すると、ロベルトよりも先に彼の戻りに気づいた彼女が、待ちきれないといった様子で自室を飛び出してきた。
ロベルトはその姿を目にすると、廊下の先から自分目掛けて走り寄る彼女に両手を広げながらしゃがみ込んだ。
『パパーーっ!』
ロベルトは一気に表情を緩めると、自分の腕の中へと飛び込んでくる彼女を抱き上げた。
ロベルト『たっだいまー!』
抱き上げたまま彼女をひとしきり抱きしめると、頬にキスをする。
ロベルト『いい子にお留守番してた?』
『うん!アルとかくれんぼしたの!』
この可愛らしい少女の母でもあるロベルトの愛する妻は、民間出としては初のプリンセスという事もあり、国民から絶大な支持を得ていた。
その為、今ではロベルトと同じように単独でボランティアや講演等にも呼ばれる機会が増えてきた。
ロベルト『アルとかくれんぼ?アルはでかいから、すぐ見つかっただろー』
『うんっ!だから途中からはお絵かきしてたよ』
今日は二人の公務が重なってしまった為、先にロベルトが切り上げて城へと戻ってきたのだ。
ロベルト『よーし!じゃあ、ママが帰ってくるまで、今度はパパとかくれんぼだ!』
『ほんとっ?!あ、でもダメだよー』
ロベルト『えっ?何で?』
『お外からかえったら、ちゃんとお手て洗ってうがいしないと!』
ロベルト『はーい。わかりましたよ、お姫様』
元よりアルタリア城はロベルトをはじめ、国王もそれに仕える者達も、その間に畏まった壁はそう高くはなく、国柄を表すかのように明るい雰囲気がそこかしこにあった。
ロベルトが妃を迎え入れてからは更にその明るさを増し、
この小さな愛くるしいプリンセスがその生を受けてからというもの、より一層の穏やかな雰囲気に包まれていた。
ロベルト『じゃ、パパが10数えたら探すからね!いくよー…いーち』
『きゃあー!』
ロベルト『にーい……』
ロベルトの両肩には、1億3千万の国民の生活と未来がかかっている。
日頃陽気な彼ではあるが、その重圧は誰の目にも届かない、深いところで時折彼に陰りをみせていた。
それを支えてくれているのは、無償の愛で傍にいてくれる妻と、この無垢な瞳の愛すべき娘の存在だった。
ロベルト『ろーく……しーち……』
『どうしよー!どこにかくれたら……』
ロベルト『……』
『……えっと……』
ロベルト『……いーち……』
メイドやコック、庭師に、執事であるアルベルト。
皆が皆、この穏やかな日常にその胸を温める。
アルベルト『……かくれるなら、こちらへどうぞ?』
『ありがとっ!アルっ』
ロベルト『……じゅーう!さあー、どこに隠れたのかなあ?』
母親である王妃を早くに失くしたロベルトにとって、家族の暖かさにはどこか憧れが強い部分もあったのだろう。
ロベルト『ここかなあー?あっれえ?いないなぁー…』
母の分もと、父である国王には惜しまない愛でもって育てられたが、やはりどこかに母親を想う気持ちは少なからず常にあった。
ロベルト『……』
アルベルト『……』
『……』
この小さなプリンセスには、そんな思いをさせる事はないように。
ロベルト『……どこかなぁー?ここにもいないなぁー』
アルベルト『……』
『……』
もし自分が母のように先逝く事があるならば、その時にはこの小さなプリンセスが淋しくならぬように、
何よりも愛しているという想いを伝える為に、ロベルトは一日、一日を大切に彼女と過ごす。
ロベルト『みーっけ!』
『きゃあっ!』
その姿は、見る者全てに優しく伝わっていった。
ロベルト『机の下から足が見えてたよ?まだまだだなぁ』
『ええっ?!アルーっ、ちゃんとかくしてよぉ』
アルベルト『それは気づきませんで』
ロベルト『じゃあ、今度はおじいちゃまを探しに行こ?』
『うんっ!おじいちゃまともあそぶ!』
ロベルトはその小さな手の平をそっと手に取ると、愛しそうに目を細める。
そして国王の姿を探しに城の奥へと向かった。
メイド『ふふ、何だか恋人同士みたいですね?』
メイド『本当にねえ。王女様がお生まれになってからは、城内も益々賑やかになって……』
アルベルト『……そうだな』
アルベルトはその二人の後ろ姿を見つめて、穏やかに微笑んだ。
『おじいちゃま、お部屋にいないねえ?』
ロベルト『いないねえ?』
ロベルトが彼女と手を繋ぎ、ある部屋の前で足を止める。
『パパ?』
その部屋の扉が、ほんの少し開いているのをロベルトは見逃さなかった。
ロベルトは、そっと扉から中の様子を伺った。
そこは亡き母の生前過ごしていた部屋だ。
『……パパ?』
窓辺のソファに腰を下ろし、母の写真を見つめる国王の姿があった。
ロベルトはその様子を見つめる。
国王『……大きくなった。もう4歳だ』
写真立ての中の母に、ぽつりと話しかける国王の瞳は、とても優しく細められている。
国王『日に日にロベルトにも似てきてな……女の子だから、お前にもそっくりだよ……ルイーザ……』
ロベルトは、言葉なくその様子を見つめた後、そっと静かに扉を閉めた。
『パパぁ?』
首を傾げて自分を見上げる彼女に、ロベルトは人差し指を口元に当てる。
ロベルト『しぃ……。おじいちゃまは……おばあちゃまとデート中みたいだから』
『おばあちゃま……?』
ロベルト『……うん。じゃ、外に行って今度はシャボン玉でもしょっか』
『うんっ!』
誰だってその胸に愛する人の面影を抱きしめている。
今も尚、母だけを愛する父を見て、ロベルトは繋いだ彼女の手をぎゅっと握った。
親になって改めてわかる。
両親に愛されていた事。愛していた事。
その二人もまた、愛し合っていた事。
そして姿は失くとも、父と共に愛してくれた母の面影は、この胸にもちゃんと刻まれている。
『どうしたの?パパ』
ロベルト『んー?』
『なんだかニッコリしてるよぉ?』
ロベルト『……パパのパパが、パパのパパで良かったなあって、思ってね』
『えー?』
自分もまた、そうやって愛していく事だろう。
毎夜、腕の中で眠る愛しいプリンセスと、毎朝目覚めのキスをくれる小さなこのプリンセスを。
『パパー!見て見てーっ』
午後の優しい日だまりの中、青空に次々と溶けていくシャボン玉。
ロベルト『わおっ!今いっぱい出たね!上手だなあ!』
『うんっ、見ててねー…』
ロベルト『おー、今度もすっごい出たよ?!』
彼女がふうっと一息吹けば、青空に水玉模様を作りだす。
そのひとつひとつが虹色に輝いて、陽射しの中を舞い上がる。
はしゃぎながらくるくると回ってみせる、彼女のその笑顔を見つめ、ロベルトは優しく微笑んだ。
『シャボン玉いーっぱいねー!』
ロベルト『ホントだねえ』
その輝くシャボン玉が無数にあるように、彼女にもまた無数の未来が用意されている。
どんな道を歩もうとも構わない。
ただ、その先が必ず彼女の笑顔に繋がるように……。
『見てーっ、キレイねー!』
ロベルト『うん……キレイだ……』
いくつになっても、
キレイなものをキレイだと……
愛しいものを愛しいと……
そう想える人になってくれるようにと。
父と、母と、愛する妻と、自分の全てを受け継ぐその姿を見て、ロベルトは想う。
『パパもやるー?』
ロベルト『パパいーっぱい飛ばせるよ?見ててごらん?』
いつかキミが他の誰かの手を取るその日までは、
パパがキミの王子様でいるから……。
……*……*……*……*……