短編小説(がんこ)
□僕の宝物(過去のキリリク)
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気が付くと目で追っていた。
彼のしなやかな姿に、そして精神(こころ)に魅せられた。
まるで魔法をかけられたかの様に目を離す事が出来なくて…彼が僕の心に住み着いてしまってから、出て行く事は一度としてなく、あっという間に時が過ぎた。
◆◆◆
『はあぁぁ〜〜』と、健二は感嘆のため息をつく。
「ちょっと何?おにいさん。人の顔見て溜息とか失礼でしょ。」
佳主馬は仕事の手を止めると目をすがめて健二を見やる。
「いや〜〜〜、かっこいいなぁと思って。」
「はあ?」
「だって、出会った頃はこ〜んなに小さかったのに、今じゃあ見上げる程になっちゃって…」
健二は自分の胸あたりに水平に手を当てて、出会った頃の佳主馬の身長を現す。
当時、体格が小さかった事にコンプレックスを持っていた佳主馬は、それに少し眉を顰めて嫌そうな顔をする。
「おにいさんは、全然変わらないよね。今では一緒に歩いてると僕の方が年上に見られる事もあるぐらいだし。」
佳主馬にとっての過去の汚点を口にした健二に意趣返しとばかりに、佳主馬は口の端をあげてニヤリと意地悪な笑みを浮かべながら、健二の頭をぽんぽんと叩いた後、ワザとらしく何度も頭を撫でた。
「ちょっと、やめてよ。」
健二は佳主馬の手を叩き落とすとサッと立ち上がる。
「飲み物入れてくる。」
「僕、コーヒーがいいな。」
「はいはい。」
健二はキッチンへ向かいながら頬を両手でおさえ、赤くなった頬を佳主馬に見られはしなかったかと内心焦っていた。
―――佳主馬くんに頭を撫でられてしまった。
佳主馬の指が自分の髪に絡まる感触が驚くほど心地よく、本当はずっと撫でていて欲しい位だったのだが、男同士で頭を撫でられてウットリしてしまったら変に思われてしまう。
勝手知ったるなんとやらで佳主馬の家のキッチンだというのに健二は何の迷いもなく飲み物の準備をする。
佳主馬が高校進学を機に上京し、入居している賃貸マンションに健二はしょっちゅう出入りをしていた。
佳主馬のマンションは健二の自宅より健二の通う大学に近く、駅にも近いため非常に便利なのだ。
もともと放任気味だった健二の両親は、健二が大学生になるといよいよ健二に気を留める事がなくなっていった。
以前は時間のある時などはそれなりに用意してくれていた食事もほぼ準備されることは無くなり、気が付けば毎月過分な程の食費と生活費のみが渡される様になっていた。
そんな状況であったので、健二が自宅に帰らなくても両親は気が付いているのかどうかさえ怪しく、佳主馬が上京2年目を迎えた現在では佳主馬のマンションに泊まらせて貰う事も少なくなくなっていた。