短編小説(がんこ)
□もしも健二がモブに告られたら…<パターンB>
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「あれ?メール?」
「ああ、うん。」
チラリと携帯に目を走らせたまま、メールをチェックしようとはしない健二。
メールを後からチェックするのはよくある事だが、その表情が何だかおかしいと感じた佳主馬はさらに健二に声をかける。
「見なくていいの?」
「う…ん。」
「何?迷惑メールとか?」
「うん、まあ…ある意味迷惑メールだね…」
「拒否したら?」
「……うん、そうだね。今度しとくよ。」
この話はこれでおしまいとばかりに、ニコリと笑って返事をした健二だったが、何やら歯切れの悪さを感じた佳主馬は訝しげに眉を顰めると、居住まいを正して真正面から健二に向き合う体勢をとった。
健二は何か隠したい事や言いづらい事などがあると、のらりくらりと適当な返事をしてごまかそうとする事が結構ある。大したことでなければ構わないのだが、これが大事であればあるほど、何食わぬ顔で嘘をついたりするので、佳主馬としては性質が悪いと思わざるをえない。
健二の両親は幼い頃から夫婦仲が悪く、其々が仕事に逃げ没頭していた。必然的に放置されがちだった健二は、何でも一人で抱え込んでしまいがちなのだ。
常に健二の助けになりたいと思っている佳主馬からすれば歯痒いことこの上なく、気付かずに見逃してしまった事で後悔したことは1度や2度ではなかった。だから必然的に佳主馬は健二のちょっとした態度の変化や反応に敏感になっていき、今では健二が故意に佳主馬に隠し事をする事はほぼ100%出来なくなっていた。
そして今、健二がまた何かを隠そうとしている気配を察知した佳主馬は、もちろん見逃してやるつもりなどさらさら無かった。
「何?どうしたの?今すぐ拒否したら?出来ないの?」
お茶を濁したかったらしい健二は佳主馬の追及にしまったという顔をするが、こうなってしまった佳主馬は納得がいくまで引かない事を付き合いの長い健二は分かり過ぎる程分かっていたので、無駄な抵抗は早々に諦めてしぶしぶと口を開いた。
「…研究室の先輩なんだけど…ちょっと前からしつこく迫られてて…」
「………健二さんの研究室って、男しかいないよね?どういう事?男の先輩なの?」
聞き捨てならない健二のセリフに佳主馬の柳眉が上がる。
察しの良すぎる佳主馬に思った通りに痛い所を付かれて健二は渋い顔をする。あまり言いたくなかったのだ。同性同士の恋愛に偏見は無いつもりだが、しかし、自分が男に告白されたという事実に困惑は隠せない。
女性からの告白であったならば自慢話の一つにでもなるのだが、同性からの告白ではやはり吹聴して回る気にはならない。というかどちらかといえば隠しておきたい。お世辞にも男らしいとは言い難い自分の容姿や性格からしたら、女扱いをされたと健二は思わずにはいられないからだ。
言い淀む健二だったが、姿勢も正しく無言で見詰めて返事を待つ佳主馬の圧力から逃れられるはずもなく……健二は仕方なくこくりと頷いた。
「告白されて断ったんだけど、諦めてくれなくて…。何度断わってもメールとか、電話とか毎日してくるんだよね。研究室の先輩だから、着信拒否にする訳にもいかなくて…。」
困ってるんだ…と、眉をハの字に寄せる健二をカワイイと思いつつも、佳主馬は沸々と湧き上がる怒りに眉をしかめる。
「僕が、話をつけてあげようか?」
「え?どうやって?」
佳主馬の申し出に健二は驚き、目をパチパチと瞬いた。
「健二さんが迷惑してるってハッキリ言うよ。」
「いや、それはもう言ったんだよね。けど、僕に恋人でも出来ない限りは諦めないって…。」
はぁ…とため息をつきつつ健二が言う事には、少しばかり男前で大学内ではイケメンという事で少々騒がれている事からか、自信過剰気味なそいつは絶対に健二を振り向かせてみせると豪語してきたらしい。
そして、バイだという事をオープンにしているそいつが健二にアプローチをしていても、周りは面白がって生ぬる〜い感じで見守っていて誰も助けてはくれないとか…。
許し難い事実に、佳主馬の眉間に更に深いしわが刻まれた。
「別にそんなに騒がれる程カッコいいとは思わないんだけど…。」
うんざりした様に言いながら視線を佳主馬の方に流してきた健二は、そのままじっと佳主馬の顔を見詰める。何を考えているのか分からない、少しぼんやりとした表情で見つめてくる健二に毒気を抜かれた佳主馬は、表情を緩めて健二を見つめ返した。
しばし見つめ合っていた二人だが、突然、何かを納得したかのように「うんうん」と頷いた健二に、佳主馬は訝しげに声をかける。
「なに?」
「ああ、うん。先輩より佳主馬くんの方がずっとカッコイイと思って…。………もしかして、この顔を見慣れてるから先輩の事、あんまりカッコイイと思えないのかなぁ?」
「………なにそれ。」
至極真面目な顔でかなり恥ずかしい事を言ってのけた健二に一瞬呆気にとられた佳主馬だったが、じわじわと込み上げてくる恥ずかしさと嬉しさで思わず口元が緩みそうになり、それを隠す為に佳主馬はぶっきらぼうな言葉を返したのだった。
「それじゃあ、健二さん。僕が恋人って事にしたら?」
「ええ?!とんでもない!そんな迷惑佳主馬くんにかけられないよ。」
突拍子もない佳主馬の申し出を、健二は即座に断る。
「何で?別に迷惑じゃないよ。」
「いや、だって、佳主馬くんに悪い噂がたったらいけないし。」
「大丈夫だって。逆にその方が僕も好都合だよ。告白とかされても煩わしいばかりだし、減ってくれたら助かる。」
「うわっひど…」
自分の為の発言とはいえ、佳主馬のあまりの言い様に健二は渋面をつくった。けれど佳主馬は気にした様子も無く言葉を継ぐ。
「好きでもない相手から告白されたって嬉しくないよ。ましてやしつこくされたりしたら迷惑なだけだし。健二さんも、今ならわかるでしょ?」
「う…っ、まぁ……。」
高校進学を機に上京し、マンションで一人暮らしを始めた佳主馬は現在高校2年生だ。
ハイスペックな見た目と頭脳を有した佳主馬は高校ではちょっとした有名人で、入学当初から佳主馬への告白は引きも切らなかった。
健二への恋心を自覚している佳主馬はもちろん彼女を作るつもりは無く、毎度丁寧に好きな人が居るからとお断りしているのだが、一向に彼女のできる気配の無い佳主馬に果敢にアタックしてくる女の子は後を絶たない。
校内はモチロンの事、通学途中で見かけたなどの理由から校外からもやってくる女の子達のその数の多さに、佳主馬は本当にうんざりしていた。
しかし、健二はそんな場面にたまたま出くわしたり、ぞんざいにゴミ箱に捨てられたラブレターを発見したりすると、心底感心した様に「佳主馬くんはモテていいね〜」とか「誰かと付き合ったりしないの?」などといった軽口をたたくのだ。
その度に佳主馬はツキツキと痛む心に蓋をしつつ「別に」「忙しいし、興味ないから」「面倒臭い」等々ぶった切って来たのだが、健二は照れているとでも勝手に勘違いして、納得して、ぬる〜い笑顔をいつも返して……佳主馬を失意のどん底へ突き落とすのだった。しかし、佳主馬がとうとうその不毛なサイクルから抜け出せる時が来たようだ。
「という事で、この作戦で行こう!設定は僕に任せて。健二さんはひたすら僕に合わせてくれればいいから。」
「ホントにいいの?」
「いいって。健二さんにそこまで迷惑をかけている奴が居るっていうのは許し難いし、僕にもメリットがあるんだから。」
「そう?…じゃあ、よろしくお願いします。」
ぺこりと頭を下げる健二に、ニッコリ笑顔で佳主馬は頷き返した。
例の、ラブマ事件で運命的な出会いを果たした健二の事を恋愛的な意味で好きだと自覚するのにそれほど時間はかからなかった。
しかし、4才も年下のうえ、男同士ときてはさすがの佳主馬も慎重にならざるをえない。
健二の動向を見守りつつ、虎視眈々と健二を手に入れるチャンスを佳主馬はずっと狙っていたのだ。
そろそろ動き出す頃合いなのかもしれない。健二に迷惑をかけまくり、あまつさえ恋人の位置に収まろうとしているとかいう野郎はサクッと葬って、健二には自分の存在を再認識してもらおう。気の合う友人ではなく、恋愛対象として。
そのためには……