短編小説(がんこ)

□言いたいことは明日言え
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は〜〜〜〜。ほっぺにちゅーされただけで鼻血を出して……しかも倒れるなんて………。


誰が運んでくれたのか、気が付いた時には風通しの良い部屋に寝かされていた。
-------倒れた自分、意識を無くして運ばれている自分・・・・・ああ、気分が落ち込んでくる。もう、考えるのはよそう。

目と鼻の上を覆う様に濡らしたタオルがかけられていて、気持ちがいい。
じっと耳を澄ますと、遠くから沢山の人々のざわめきと楽しげな雰囲気が伝わって来る。

さわさわと涼しい風が身体を撫でて行く。気持ちが良くてウトウトとしてきた。

後もう一歩で再び夢の世界へ行きそうになった時、傍らにひそやかな人の気配を感じた。
どうやら、僕の様子を伺っているみたいだけど、この気持ちが良いまどろみの世界からまだ抜けたくない…。いいや、寝たふりしとこう…。
隣に座りこんでじっと覗き込んでいる気配。心配して様子を見に来てくれたのだろう…。
やっぱり、起きて挨拶した方がいいかな…?
段々と覚醒する方向に意識が向かっていきかけた時、僕を覗き込む様にしていた気配がさらに近付いて来るのを感じた。
ふと、唇に柔らかいものが触れ、すぐに離れる。
え!?今のって…??

あわてて起き上がると、顔にかかっていた濡れタオルがずるりと落ちた。

「佳主馬くん…?」

僕が突然起き上がったからだろうか、佳主馬くんは少し目を見開き、びっくりした顔で僕をじっと見つめている。
いつもいつもタンクトップに短パンというラフな格好をしている佳主馬くんだったけれど、流石に今日は栄おばあちゃんのお葬式だから学校の制服を着ている。
いつもと違う服装のせいもあるかも知れないけれど、僕のすぐ隣で正座をしている佳主馬くんは普段とは違う雰囲気をまとっていた。
つ…っとこめかみ辺りから大きな汗の粒が佳主馬くんの頬を滑り落ちていった。---緊張…してる?



「いま、何かした?」

佳主馬くんは僕の言葉に反応して、一瞬で驚いた様な表情を収めて、強い視線を僕に送ってくる。

「何かって?」

質問に質問で返すのはずるいと思う。けれど、佳主馬くんの強い視線に圧されてとてもそんな事は言い出せない。
まさか、そんな事は無いだろうと思いつつも、さっき感じた通りの事をとりあえず口にしてみる。

「え…え、と…その…キス?」

「したよ。」
事も無げに即答された返事に今度は僕が驚く。

「え!!?」

「自分で聞いといて、何で驚くのさ。」
佳主馬くんは少し憮然とした面持ちで言いながら、正座から軽く片膝を立てた、佳主馬くんらしい体勢に座り方を変えた。

「え?え?だ、だって、なんでって、何でって…何で!?」
緊張を解いて自分のペースを取り戻している佳主馬くんとは裏腹に、僕は軽いパニック状態に陥り意味不明な言葉を口走る。

「は?」

「何でキスなんかしたの?!」
今度はちゃんと言えた。

「好きだから。」

「へ?」
まったく予想していなかった言葉に、間抜けな…言葉とも言えない音が口から洩れる。

「お兄さんが好きだから。キスするのにそれ以外の理由ってあるの?」
軽く首を傾げながら、明らかに呆れた様な口調で僕を好きだと繰り返す佳主馬くん。

「いや、それはそうだけどっ…」
佳主馬くんが僕を好き?佳主馬くんが僕を好き?佳主馬くんが……

「落ち着きなよ、お兄さん。」

言いながら、佳主馬くんが近づいて…佳主馬くんの顔が近づいて来る。
再び唇を奪われて、ピタリと動きが止まる。
軽く触れていただけの唇はすぐに離れて行ったが、少し首を傾ければまた触れる程度の近い距離でとどまり、少し上目使いの強い瞳が僕の瞳を捕えて何かを探ろうとしている。
僕は落ち着かない気分になって、とてもそれ以上佳主馬くんの瞳を直視している事が出来なくなり、軽く視線を伏せた。
そんな僕の視線の端で、形の良い佳主馬くんの唇の端が笑みの形にニッとつり上がるのが見えた。

「お兄さん、かわいい。」

瞬間、僕は佳主馬くんにからかわれているのだと思った。
男の、しかも4つも年上の僕に向かってカワイイとか!ありえないし!!
先ほどの自分の醜態を指摘された様な気がして、嫌な感じに胸がざわついた。

「佳主馬くんっ冗談はやめてよ!」

「何で?お兄さんかわいいじゃん。」
悪びれもせず、しれっと言う佳主馬くんの様子に、僕はカッと頭に血が上った。

「ちょっいい加減に……」

「お兄さん、僕とお付き合いしてよ」

-------まだ言うか!!?---------

「いい加減にしてよっっ!!」
腹立ちのあまり、必要以上に激しい物言いになる。

「・・・・・・・そんなに、嫌?」

「当たり前だろ!?ほ、ほっぺたにキスされた位で倒れるなんて、佳主馬くんには面白かったのかもしれないけどっ」
怒りが収まらない僕は自分の感情を口にするのが精いっぱいで、佳主馬くんの様子に気を払う事は出来なかった。

「僕をからかうためにキスなんかされたら、たまらないよっ。」

「……からかう?」
抑揚の無い声でボソボソとつぶやかれた佳主馬くんの言葉は、興奮している僕の耳には届かなかった。

「見損なったよ!」
しゃべっている内に気持ちがエスカレートしてしまい、とうとう心にもない捨て台詞まで言うに至って、僕はやっと自分の失態に気が付いた。
しまった、言い過ぎた!

「……あっあの…」

「…お兄さん…」
地を這う様な佳主馬くんの声に、ビクリと身体が震えた。
うわっ怒ってる。だって、でも、佳主馬くんが……
一気に昂ぶっていた気持ちが冷める。真っ赤になっていたであろう僕の顔色は、今は青褪めているに違いない。
それくらい、目の前にいる佳主馬くんの雰囲気が尋常でないのだ。
正直言って、怖いっっっ!!!

「ご、ごめんっっ、言い過ぎた!け、けど先にからかって来たのは佳主馬くんなんだし……」

「だから、からかうって何?」

「え?だって…」

「僕が、いつ、お兄さんを、からかったって?」
言いながら、じりじりと僕に近寄ってきた佳主馬くんは、僕の膝の上に乗り上げ跨ると、真正面から僕の視線を捕えた。

「僕は、他人をからかうためにファーストキスを捧げるほど、酔狂じゃないよ?お兄さん。ちゃんと、好きだって言ったでしょ?」

「……っ」
強い意志を秘めた瞳の力と聞き間違いようもない明確な言葉に返すべき言葉が出てこない。

「人が、決死の思いで告白してるのに、冗談とか…ホント、ありえない。」

「うぅ……ご、ごめんなさい…」
はぁ、とわざとらしいため息をつきながら、視線を落としつつ綴られた佳主馬くんの言葉に、もう謝る以外の選択肢は思いつかない。

「見損なったとか…」
うなだれた様に下げられた首の角度はそのままに、チラリと目線だけをあげて言われた追い打ちに、僕はもうほとんどノックアウト状態だ。

「うわっホント、ゴメン!ごめんなさい!!」
両掌を眼前で合わせて、必死で謝る。

「…ホントに悪いと思ってんの?」

「うん。」
言葉だけではなく、僕はコクコクと何度も首を縦に振って、何とか謝罪の意思を佳主馬くんに伝えようとした。

「なら、僕と付き合ってよ。」

「うん…えぇ!?」
勢い、うん。と答えてしまったが、内容がヤバい事にすぐに気が付く。

「やった!うんって言った!」
さっきまでのうなだれた様子はどこへやら、佳主馬くんは満面の笑みを浮かべて僕の膝の上でガッツポーズをとる。

「ちょ、まって!」

「やだ。待ったなし。」
いや、そんな、今更そんな真面目そうな顔されても・・・「やだ」って・・・・

「男に二言は無しだよ。お兄さん。大丈夫。僕、絶対いい男になるし。お兄さんに後悔はさせないから!」

「・・・・・・」
その自信は一体どこから来るんだろう……100分の1でいいから、分けて欲しいなぁ・・・そうしたら、きっと、今も、きっぱり断れるんじゃないだろうか・・・・
既に、諦めの気持ちの方が大きくなってきてしまっている自分に自分でがっかりする。
ああ、どうして僕はこう、流されやすいんだろう・・・・・

「お兄さん、大好きだよ。」
ずっと僕の膝の上に跨ったままの佳主馬くんは、そう言いながら肩越しに僕の背中へ腕を回し、ぎゅっと抱き着いてきた。
佳主馬くんのサラサラした髪が僕の頬や首筋にあたる感触が気持ちがいい。
僕よりは随分小柄な佳主馬くんがぎゅと僕に抱き着いている様が、何だかとても可愛らしく思えて、
つい、僕も佳主馬くんの背中へ腕をまわして、幼子をあやす様な感じでポンポンと佳主馬くんの背中を叩いてしまった。

ピクリと佳主馬くんの肩が揺れ、ゆっくりと身体を起こした。
僕の首筋辺りに埋まっていた顔が僕の正面に移動してきて、不穏な空気を孕んだ瞳が僕を見据えた。

「ぜっっったいに、おっきくなるから!!!」

そう言うが早いか、ガッシリと両手で僕の顔を固定すると、噛み付きそうな勢いで今日3度目のキスをしてきた。




佳主馬くんにキスをされるのは、決して嫌な気分ではない。
かといって、ウキウキしたりドキドキしたりするかと言われれば・・・・・そういう感じでもない。
やっぱり僕にとって佳主馬くんは家族…弟の様な存在なのだと思う。
まあ、とりあえず今の佳主馬くんは聞く耳を持っていないみたいだから、しばらく様子を見よう。
その内、自分の勘違いに気が付いて、僕にファーストキスを捧げてしまった事を後悔する日が来るに違いない。
その時は、今日の仕返しに少しからかってやろう・・・・・・・・・・・





なんて、僕の考えは全く実現する事は無く、2年と数か月後に、宣言通りに男前に育った佳主馬くんにドキドキしている内に美味しくいただかれる日が来るとは…この時は微塵も思っていなかった。

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