□Sweet Swan’s Down
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 まったく春だってのに、冷え込みやがる…
 
 都心のはずれにある広い公園で夜桜見物と洒落込んだがやっている事は酒盛りだ。
 剣道部の連中も同席すると嗅ぎ付けて、さりげなくオンナどもも集まっていた。

 花見をするには夜風が冷めた過ぎるというのもあったが、温まりたくて酒が進む。
 焼き鳥も冷めて硬い。
 串を咥えつつ平助がボヤく。
「コレ、ホントに鶏肉かよ、硬ぇ」
 と、見かけに拠らぬ教養人新八が
「白鳥の肉かもしんねーぞ」
 まだ正気の口で言い出した。
「白鳥なんかスジばーっかで煮ても焼いても喰えねンじゃねぇの?」
「それがお前、中世ヨーロッパの居酒屋でマジ丸焼きにしてたってんだから。
 『カルミナ・ブラーナ』に出てくるぜ」
「あ、その曲知ってる!白鳥が愚痴るのね。
 ソース何かなぁ?」
 ちょっと不細工な二年の女がどうにかハナシに喰いついたものだから、硬い肉を柔らかくするのにはカラシだとかすりおろした梨だとか別の方向に行ったきりになった。

 合コン的呑み会だった筈だが、全体的にぐでんぐでんになった辺りで腹踊りは始まるは、殆んど下戸の主将を巡って女どもが喧嘩するは、
ヤレヤレ…。
 桜並木は揃っていい枝ぶりなのだが。
誰も桜(はな)なぞ見ちゃいねぇ。



 馴染みの公園でハナから一人で呑んでた方がマシだったと不知火は引き上げ、呑み直す為コンビニで二級酒とエビセン一袋を買った。

 ときどき立ち寄る通称白鳥公園にはどんよりとした池がある。
 その水面を覗く恰好で桜が傾き、街路灯の下薄っすら光る花筏(はないかだ)を浮かべている。
 
 大股を開いてベンチにかけた。
 月もないのに夜目にも白く花弁が降りしきる。
 毟られた羽根のよう…冷たい…
…白鳥なんざ喰えるかってんだ……バカらしい…っ
 酒のオマケに付いてきたプラスチックの盃を繰り返し空けては溜息を吐き、夜空の下音も立てず崩れる冷たい白の影を見遣っていた。

nnn………ffff…………fff………nn………ff…nn…ff…nnn…nn…

 聞こえないものが微かにずっと耳を掠めていた気がしていた。
 それは全然重みもなく無力なのだが、むく毛のように何か包もうとして…
 …春の夜風を防ごうと包むが……それはあまりに弱く……


 


 坐ったまま眠ってしまい手足が冷たいのに反して不知火の膝と胸は暖かだった。
 しかしこの湿りを帯びたような温もりは…?
少し重い…?
動いた、よな、今ビクってしたな?
 膝の上の蠢めきに試みに手を触れる。
なんか、いる?!

――――――――――――――――――――??????!!!!!

 多分人生初めての硬直を不知火は体験した。
なんだ、なんだ、なんなんだよコレーっっっ!!
 膝に乗っていたのはサングラスの女だった。
俺昨夜一人だったよな、一人も持ち帰ってねぇよなっ、しかもあそこにグラサンのオンナなんかいなかったぞっ

 「お前っ、ナニ断わりもなくヒトの膝ン乗っかって寝てやがンだ!」
ふぁ…
 欠伸をする。
「…イエ、御礼には…ぅ…ン…及びませんよ、いい事ってゆーのは相手に分かんないよーにしてあげ」
「ア゛ァ?ワケ解んね、とにかく降りろっての」
 膝からひらりと飛び降りた
――綿毛のような物体がいくつか舞い上がったのはきっと花弁を見間違えたのだろう――
 それの全貌に不知火は眼が点になる。
 特に不細工ではないのだが。
 いや、可愛くはあるのだが。
 でもこの場でコレは「違うだろ〜!!!」と極太のゴシック体でテロップになって脳裏を巡る。

 「な…っ、オイッ、ホールどこだ?さっさと行けって」
「ほーる…?」
「どー見ても舞台イヤんなってズラかったバレリーナだろーが。
 グラサン一個で変装したつもりかっ。一昔前の少女漫画よりデキが悪ぃぜっ、」
 つまりそういう身なりなのだ。
 チュチュの裾は膝のあたりに垂れ、いい線をした脚は黒タイツ、下げ髪でティアラなんぞは載せていないがシルバーのブレードが光る胴衣、加えてどう調和を見出そうとしてもムリなのが真っ黒なサングラスだ。
 
 水鳥のように首をクイと傾ける相手から、ボケるのもいい加減にしろと、不知火は細いサングラスをばっと取り去った。
…………ぁ?
 阿呆な扮装からは予想だにできなかったが、小顔美人にしか見えず一瞬言葉を失った。
 
 それには構わず不知火の顔をつくづく見つめる。
「あなた時々そこのベンチでぽそぽそエビセン食べてますね」
「そうだけどよ…」
「あたし、人間になっちゃったけど元白鳥なんですっ」
…………。
 怒っていいのか嗤(わら)っていいのか、まったくこのテの冗談に慣れていない為固まってしまい、結局腹が立ってきた。
「ウソっつーのは或る程度騙せる目算があって吐(つ)くもんだろ。
 お前なんかガチョウで充分だっ」
「ここにガチョウはいませんっ。
 あなたのコトいつも見てたもん、エビセン食べ飽きたのを終(しま)いに池にバラ撒いてるでしょ」
「ああ、ベシャベシャなヤツにトリがガッついてるな。
 美味ぇのか?」
「美味いワケないでしょ、お水が汚れるから拡がらないうちに片づけてるんです!
 そーだもんね、みんな!……ア…」
 みんなと呼ばれたコブ白鳥達がスィーっと離れていく。
「お前なんか知らねーつってンぞ。ケケケ」

 ここの白鳥はコブ白鳥。
 飛距離はかなり長い筈だが何故か日本国内どころか、この池にじーっと居ついているサボり鳥である。
「とにかく〜、他に知ってるヒトもいないし、助けてくださいよ〜!」
「ヤなこった、俺はお前を知らねンだよ」
 ヘッと横を向いた不知火にジワリと涙ぐんだ白鳥(仮名)だったが、トゥシューズで土をポンと踏み鳴らし急にトーンを低くする。
「そーゆー態度?勝手に池に餌撒いちゃダメなんですけどね」
「ハァ?誰がいつ決めたんだよ」
「あたしが孵化(生まれ)た時には決まってました!あの札見て」
 不知火の腕を取って指差す方
――このベンチから北と南に当たる池の端――
 に立札と思しき錆びた物体が見える。
「助けてくれないんだったら、餌蒔いてるのあなただってオジさんに言いつけますっ、」
そーいやトリに餌やってる管理人がいたっけな。

 そこで不知火はすべてが読めた気がした。
 公園の違反者取り締まりの目的で管理局が一計、懲罰をくれてやろうとしているらしかった。
ま、そんならソレで、こっちもテキトーにいじめてやろーじゃねーかよっ、ヘンッ。
「お前人間として生きていくんだったらよ、身の振り方考えねーとな。
 解るか、カネが要るんだ」
「カネ、ね、人間がココに坐ってよく〈ナイ〜〉ってボヤいてるモノでしょ。
 いいもの?餌?」
 剥き出しの細い肩と二の腕を不知火の薄いコートに押し付ける。
「ん〜、餌の引換券みてぇなもんだ。巣もそれで借りる。
 お前にうってつけの就職先紹介してやっからな」
「あぁっ、ホントですかぁ?」
 パタパタ…白鳥(仮名)は両腕を上下させる。
 
 ニンマリ笑って不知火が電話をする先は風間である。
 鶏舎の爺さんが腰痛だと聞いて少し経つ。
こんな胡散臭い奴は横紙破りに押し付けてやるのが一番ってもんよ。
「…オ、風間、お前ンとこのトリ小屋の……」
 二三言葉を交わして「じゃな、すぐ行くわ」と切る。

 「よかったな〜、まだ空いてたぜ。オラ、腕離せって。
 行くぞっ、」
「あの…」
「なんだ鬱陶しーっ」
「寒い…お腹、空いた……」

…ッ、クシュン…ッ

 フカフカと小さい羽根が白鳥(仮名)の周りを飛び散った。
………い〜や、気のせいだって!
 現実を見る理性がこんなところで挫けちゃいかんと不知火は全力で見なかった事にする。
 しかし……くれてやったエビセンを齧る白鳥(仮名)の忙(せわ)しい口の働きには見覚えがないとは言い切れなかった。
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