【恋は、いつも】

お付き合い前笹ヤコ+叶絵
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お付き合い前のお話です。









このところ変なのは、どこにいて何をしていても、ふとした瞬間に "あの人" のことを考えてしまうこと。












拍【こんな綺麗な月の夜は】













「…わ、ホントだ月綺麗──…」


久しぶりに予定のない放課後。叶絵に付き合ってもらって食べ歩きをしたら、食べまくって語りまくって最後のお店を出た頃にはすっかり夜になっていた。

昼間に比べたら少しだけ冷たくなった秋の空気を吸い込んで、弥子は都会の夜空を見上げる。先程彼女たちと入れ違うようにお店に入ってきたカップルが席につきながら興奮気味に話していたとおり、確かに雲ひとつないそこにはまん丸の月が顔を出していた。


「スーパームーン、だっけ?綺麗だね」

「うん」


食い入るように月を仰ぎ見る弥子の隣に並んで、叶絵も一緒に夜空を見上げる。

今年は中秋の名月の翌日、つまり今日が満月らしい。そして今夜は一年でいちばん月が大きく見える夜ともあって、都会の夜景にも負けることなく月は神秘的なまでの輝きを放っていた。


(…笹塚さんも、この月どこかで見てるのかな)


て、忙しくてそれどころじゃないかな。

そうしてしばらくの間月を見上げていると、満月というよりは新月のように淡くて冴えたイメージのその人のことを思い出して、弥子は内心で苦笑する。

おいしいものを食べている時 (まあ基本的においしくないと感じるものなんてないのだが)。

おもしろいことがあった時。

悲しいことがあった時。

街を歩いていて、ラブラブな恋人同士を見かけた時。

このところの弥子には、そんな日常の何気ない瞬間にふと思い浮かぶ顔がある。

焼酎と太陽光だけで2週間は生きていけるとか。そんなありえないことをさらりと言ってのけるほど食に対しての関心が薄いあの人と、おいしいものを一緒に食べたい。

人の話にまったく興味がないみたいに表情が動かないくせに、一度話したことはどんな些細なことだって覚えてくれているあの人に、こんな楽しいことがあったよって伝えたい。


(笹塚さん、いま何してるかな)


煙草を吸っている人を見かけるとつい浮かんでくるのは、やはりどうしても彼のことばっかりで。

きらきら、きらきら。

そんなとき、世界は今夜の月明かりみたいに光っていて、あたらしく生まれたばかりのようにすべてが新鮮なものにみえてくる。

でも、その反面なんだかせつなくなって、お腹の真ん中あたりがキュッとなるようでもあって。


こんな気持ちは、はじめてだった。



「…ヤコ。あんたまた "ササヅカサン" のこと考えてたでしょ」

「え…っ」

「隠しても無駄。ここにばっちり書いてあるから」

「うっ」


しばらく月を眺めていると、心を読んだようなタイミングでそう指摘されて、弥子は叶絵につつかれた頬っぺたを両手で覆い隠した。しかし一年でいちばん大きいという月が照らす灯りの下では、まったく何も隠しきれてなんかいやしない。


「ホント寝ても覚めても食べてても食べてなくても考えるとか、重症だね」

「か、叶絵っ!」

「さっきまで食べながら散々聞いてやったんだから、もうノロケは勘弁してよね〜」

「いやいや全然ノロケてないからっ!」


からかわれて、弥子は必死に否定する。だってそもそもノロケなんて、両想いの恋人同士で使うような言葉だし。

現場の担当が笹塚さんだったとか、帰りはもう遅いからって送ってもらえた (石垣さんもいたけど) とか。

そんな程度のことに、勝手に一喜一憂してるだけだった。


「だからそんなに好きならさっさと告っちゃえばいーのにさー」

「わっ、私は別に!た、ただ月が綺麗だなって!笹塚さんも気付いてるかなって思っただけで…!」


しかし人間図星を刺されると剥きになりやすくなるもので、弥子の顔は真っ赤に染まっていた。

何より "笹塚のことを考えていた"、というあたりは否定しないところが彼女らしい。

慣れない色恋沙汰には素直な反応を見せる弥子がポロポロ自白のように口にしたその言葉に、進学校と名高い高校でも上位の成績を修めている親友はすかさず反応を見せる。


「───それだ、ヤコ。ササヅカサンに、"今夜は月が綺麗ですね" ってメール送っちゃいな」

「へっ?何で?」

「なんでって……ま、学食目当てでうちの高校に入ったあんたが、漱石の逸話なんて知ってるワケないわよね…」

「 ??? ソーセージ??」

「違う!いいから送れ!いますぐ!」

「ちょっ、な、なんか怖いからヤダー!!」


さっきまで行く先々のお店の料理を食い尽くすような勢いで食べたくせに、まだ食べ物の名前を口に出来るのはさすが "食いしん坊探偵" と間違えて呼ばれるだけはある。

そしてそんな親友泣かせな彼女の携帯に、

"今日月がすげー綺麗なんだけど。弥子ちゃんもう見た?"

なんて。

噂の想い人からの月のウサギよりも跳び跳ねるくらいにうれしいメールが届いたのは、呆れた叶絵におでこを小突かれたのとほとんど同じ瞬間だった。







"月が綺麗ですね=I love you " ?








おわり!






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2015.10.16

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