【斉木楠雄のΨ難 1】

□【恋 は 嵐】
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Ψ【恋 嵐】












「▼Θ♯√・・・!*$●☆・・っ?!」

「落ち着け。てゆーかソレ何語?」

突然かけられた声に反応した名前の視線がとらえたのは、やはり彼女がその声を聴いた瞬間に思い浮かべた顔と名前を持つ少年だった。

まさか彼がこの場に姿を現すという急展開を予想していなかった名前は、あまりに驚き過ぎて発声が地球上のどの言語にもあてはらまない程のパニックに陥る。

「・・・っ、えっ?!くっ、なっ、なんっ・・・?!」

「ああ。母さんたちにおまえの帰りが遅いから探して来いって言われたんだ。迎えに来たぞ」

そうして真っ赤なのか真っ青なのかよくわからない複雑な顔色で。口をパクパクさせる酸欠状態の金魚のようになった彼女とは対照的に、遊具のなかでちょこんと縮こまっていた名前を覗き込む楠雄はと言えば普段通りにあくまでも冷静だった。

「・・・って、・・・あれ?くーちゃん?」

しかしそのことが、予想外の事態に混乱する彼女の頭にかえって少しの落ち着きを取り戻させた。

おかげで名前がすぐに気が付いたのは、いつも二人きりの時にはほぼ必ず脳内に届くはずの楠雄の "声" が、けれどいまは自分の鼓膜を直接ふるわせているものだということだった。かなり久しぶりに直接耳にした幼なじみの肉声(こえ)に、名前の瞳はまん丸を形作る。

キツネに摘ままれたような彼女のその表情は、しかし先程 "そうする" と楠雄が決めた時点で、ある程度彼には予想のついていた反応だった。

「あ、あの・・・っ、くーちゃん?なんで・・・」

なので、名前がいま何を思っているのかをテレパシーが遮断された状態でもすぐに察した楠雄は、彼女の疑問にあっさりと答えを返す。

「ああ。"いまの僕" に心の声で話しかけてもまったく聴こえてないぞ。"コレ" をつけてるからな」

「それ!ゲルマニウムの・・!なんでそんなの着けて・・・」

「普段自分の考えてることが僕に終始駄々洩れでもまったく気にもとめやしないおまえが "ここ" に引きこもるってことは、僕にも誰にも知られずに一人で考えたいことがあるんだろ?」

「 ! 」

「でももう今日は遅い。母さんたちも心配してるからそのくらいにして帰るぞ。何なら指輪(これ)もしばらくの間家では外さなぃ・・、」

「ダメだよそんなのっ!」

それが何てことはない行為のように、スラスラとあっさりそう言ってのける楠雄の言葉尻を遮る勢いで、名前は彼のその提案を却下する。そんな彼女を楠雄は怪訝そうに見返した。

「 ? なんでだ? 」

「だ、だって・・・!だってくーちゃん以前(まえ)にテレパシーが使えないのはそれはそれで大変だったってボヤいてたじゃん!」

テレパシーをなくすこと。

それはもしも神龍(シェンロン)がいたら最初にお願いすると決めていたくらいの願い事で、楠雄がずっと疎ましく思っていたはずの力なのに。

けれども慣れというものは恐ろしいもので、もはやその状態にこそ慣れきってしまった現在(いま)となっては、いざテレパシーを遮断したらしたで散々な目にあったと心底うんざりした表情(かお)で言って、結局のところそれ以降楠雄がゲルマニウムの指輪を普段から装着するということはなかったのだ。

超能力者である幼なじみが他者(ひと)よりもずっと過剰なストレスを抱えて生きていることを知っている名前は、自分のせいでしなくてもいい無理を楠雄に強いることに抵抗があった。

「じゃあ外していいのか?」

「え・・っ!?!わ──っ!?!まっ、待って!!よくないけどいいけどまだっ、まだ待ってそれはちょっと待って!?」

「一体どっちなんだ」

「 ! ・・・え、えぇーとっ・・あの、」

そしていまはこの思いがけない事態に混乱して、名前にはどうすればいいかの答えはすぐには出せなかった。なので、左手に嵌まった指輪をやにわに外そうとした楠雄の右手を、彼女は咄嗟の条件反射で掴んで引き止めていた。

「あっ、ごめん!」

考えるよりも先に動いてしまった自分の身体に、名前はさらに動揺する。我に返るとすぐ楠雄の手をつかんでいた自分のそれを引っ込めようとしたら、今度は逆に離したばかりの楠雄の手に捕まってしまい、思いがけない力で引っ張られた。

「いいから早く出てこい」

「わっ・・・?!」

それは、しょうがないなって。小さく肩で息を吐いて、やはりいつもと変わらないまんまの楠雄で。

それでもしっかりと彼の口から紡ぎ出されたその肉声(こえ)は、普段直接頭の中に届く彼の声よりも名前のなかに響いた。

「あ、あの、」

無理はさせたくない。けど、でもゲルマニウム(指輪)を外されたらその瞬間に知られてしまう。自分の気持ちを。この───いまさらになって楠雄のことを異性として好きだと自覚してしまった、どうにもならない気持ちを。

どんなに好きで大切でも、この恋には綺麗に辿り着く先なんてない。

一度でも選ぶ答え()を間違えば、これまで築いてきた幼なじみという関係すら失ってしまうかもしれない。

だって、どんな誰のことも絶対に恋愛としては好きにならないと。かつて彼はハッキリと言っていた。

少なくともそう直接面と向かって告げられた自分は、確実に恋愛対象外(それ)なワケで。

だから、彼が自分に対して優しいのも、側にいて面倒を見てくれるのも、

迷惑そうにしつつ側にいることを許してくれていたのも。

こうして面倒を抱えながらもわざわざ迎えに来てくれたのも。

それは全部この関係が "ただの幼なじみ" だったからであって、それ以上でもそれ以下でもない。

両親(おや)同士が親友で、お隣に住んでいる幼なじみだから。

恋とかそういう難解な気持ちとは無縁なものだったからこそ、成り立っていた関係だったのに。

もし。もしも楠雄にこの気持ちを知られてしまったら。

何とも思っていない幼なじみにそんな感情を向けられていると知った彼は、どう思うだろう?

"おまえは人体模型や骨格標本相手に恋心とやらを抱いたり出来るのか?"

"それに人間なんて女に限らず腹のうちではとんでもないことを考えてるヤツらばっかりだ。"

"そんなのの心の声を毎日聞かされる羽目になっている僕が、恋愛なんぞに夢や希望を持てるはずがないだろ。"


「・・・っ」

「・・・どうした?」

「なっ、なんでもないっ!」

かつて楠雄本人に直接告げられた言葉がフラッシュバックして、その瞬間名前の心臓に鷲掴みにされたような痛みが走った。

この気持ちを知られたら。

もしもそんなことになったら側にはいられなくなる。少なくとも、いままでのようには。

それを考えたらやはりいまここで指輪を外されたら困るわけで。でもでも、自分の勝手で楠雄に不自由をかけたくない。

名前の心にはいま、そんな相反する気持ちが混在していた。

そのどちらもが彼女の偽らざる本心だった。

「あ、あのね、くーちゃん・・・っ」

「 ! 」

引き寄せられて楠雄に掴まれたままだった腕を、名前は再びグッと力を込めて自分から掴み返した。その力強さに驚いて瞠る楠雄の()を、彼のかけているサングラス越しにまっすぐ見つめる。

もしもこの気持ちを知られたら、

軽蔑されるかもしれない。

嫌がられるかもしれない。

もう二度と、以前のような信頼を寄せてはもらえなくなるかもしれない。

でも、いまその場しのぎで隠したところで隠し切れやしないこともわかっている。

だって。

だって私の幼なじみは、

肉だって骨だって心だって、すべてを見通すことの出来る超能力者なんだから───・・


「あの、私ね・・っ」

「───じゃあ名前ちゃんはコレを着ければいいよ」

[ ! ]

「えっ?」

いずれ知られてしまうのであれば、それはテレパシー(楠雄のちから)ではなく、自分の意志がいい。

大切なものを失うかもしれない不安にひどく揺れてはいても、揺るがない芯を彼女は持っていた。

それでも一か八かの賭けの上に立つ決心で、名前が自らの想いを口にしようとした時だった。

にっこりと。とうに西の空へと沈んでいったはずの太陽が、再びひょっこりと顔を出したかのような爽やかな笑顔と声で "彼" はそこにいた。

「く、空助お兄ちゃん・・・っ?!」

「やあ ただいま。二人とも元気そうだね!」

「・・・なんでおまえが日本(ここ)にいるんだ」

「はい 名前ちゃん。コレ、あげるよ」

これが幻聴であり幻覚であって欲しいと願った楠雄の願いは、いとも容易く打ち砕かれる。

楠雄()の問いかけを華麗にスルーした空助()が名前の前に差し出した手の指先には、繊細なデザインをしたネックレスのチェーンがしゃらりと摘ままれていて。

街灯に反射したそれは、不吉なまでにキラキラと輝いていた。












ψ【初恋のΨ難】
『恋 は 嵐』








2016.06.29
2017.05.13 加筆修正

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