【斉木楠雄のΨ難 1】

□【ジーザス!ジーザス!】
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Ψ【ジーザスジーザス








私とお隣に住む斉木さん家の次男坊・楠雄ことくーちゃんは、小さい頃からずっと一緒に育ってきた。

それは本当に、大袈裟に言うなら "生まれるよりも前から" ずっと一緒に。

私自身楠雄が超能力者だということをいつ認識したかとかそんなのはよく覚えていないけれど、だけど物心つくよりもまえから私は彼の力をまったく怖がることなく受け入れていたらしい。

そう。私にとって楠雄は、始まりからいままでずっと "お隣に住む超能力者のくーちゃん" だった。

あたまの中に直接届く彼の "声" も、

声に出さなくても彼に届く私の心の "声" も。

ぷかぷかと宙に浮かぶおもちゃも、夜空の真上から見る花火も。

水の上を歩くことも、動物と会話をすることも。

この他にもたくさんの、普通なら超常現象として世間を賑わしてしまうであろうそれらの摩訶不思議な出来事が、だけど私の世界には最初から当たり前のように成立して存在し続けてきた。

だから中学でそれぞれ別々の高校に進学することを選んだ時も、特別な違和感を感じたりはしなかった。

何より将来絶対に叶えたい目標がある私と、徒歩で通える範囲の学校を志望するであろう楠雄が同じ高校に進学することはないと、二人とも何となくずっとわかっていた。

それでも学校が離れてもこの関係が変わることはないと───ううん。

楠雄と時には兄妹のように、時には姉弟のように生きてきた私は、 もはや家族同然のような存在である彼と "離れる" ということ自体を意識すらしていなかった。

───本当に、それくらい。

楠雄の存在は私にとって、ずっとずっと近くに在って当たり前のものだったんだ。

[・・・好きなタイプなんてない。それに僕は、一生誰とも恋愛することなんてないからな ]

以前そう言って、誰のことも恋愛としては好きにならないと断言していた楠雄。

[人間なんて女に限らず腹のうちではとんでもないことを考えてるヤツらばっかりだ。そんなのの心の声を毎日聞かされる羽目になっている僕が、恋愛なんぞに夢や希望を持てるはずがないだろ]

それは相手の外見がどんなに綺麗でかわいくても、発動してしまう超能力のせいでその身体や心の内側までをも覗きこめてしまうからだと彼は言っていた。

『くーちゃんは大変だねえ・・・いつかきっと、内臓も骨も心も綺麗なひとが現れるといいね』

それに対してかつての私がそう口にした言葉にも気持ちにも、嘘なんてこれっぽっちもなかった。

だけどその時の私になかったのはきっと、それだけじゃなくて。

そうして望んだはずの未来がいざ現実のものになった時、

それを一体その時の自分はどんな風に受け止めるのか。

そんな覚悟のこれっぽっちもないまま口にした言葉たちがいま、刃物のように鋭く尖って私に跳ね返ってきていた。

(そういえば、楠雄が好きになるのってどんな人なんだろう?)

始まりは、幼い私のちょっとの好奇心から生まれた問いかけだったのに。

だけど楠雄が一生誰のことも好きにはならないとキッパリと言った時───私はそこで、無意識に自分を安全圏に置いてしまったんだと思う。

どうせ筒抜けになるなら隠しごとしたってしょうがないとばかりに、私はいつだってなんでも楠雄には話してきた。

幼稚園くらいの小さい頃は "うんちが出そう" とか、"おしっこしたい" なんてのはもう日常茶飯事で。

小学生の頃には、お父さんとお母さんにはつよがって見せても普段二人となかなか一緒にいることのできない寂しさは当然のように見透かされていたし。

中学生になったらすっごい腹立つことがあったとか、ちょっといいなって想う男の子が出来たとか。

高校生になったいまだって、たまにケンカをしたら楠雄のバカとかアホとかコーヒーゼリー狂とか普通に言ってるし、何なら身体中の穴と言う穴からコーヒーゼリーを噴き出して寝込んじゃえとまで言ったことがある。

そしてそんな私を楠雄はいつも、呆れたようにため息混じりで見返してきていたから。

───だから。

清らかで綺麗な心とは程遠い私は、絶対に楠雄には女の子として見てはもらえないなあって。

全然まったく最初っから自分のことを問題外なのだと位置付けた私は、

"自分が楠雄のことを" ひとりの男の子として見るよりもまえに、

"楠雄が自分のことを" そういう対象として見るはずがないと決めつけてしまった。

そうしてそこでとどまったと思った関係に安心して、自分をそのまま安全圏に置いていたんだ。

どうしよう。

それなのに。なんでこんな、いまさらになって気付いてしまったんだろう。

『だって私くーちゃんよりも強くて優しくてカッコいい男の子なんか、そうはいないって思うもん!』

ああ、そうだ。

それも私が言った。

私が何も知らず、考えようともせず。

だけど答えなんて、もうとっくに出ていたのに。

だって楠雄が女の子と一緒に歩いているのを見た瞬間、私の心臓の鼓動は自分でもビックリするくらいに大きく跳ね上がったんだから。

(ねえくーちゃん、その子とも夜空の真上から花火を一緒に見るの?)

(その子ともスイーツ食べ放題に、楠子ちゃんになって一緒に行くの?)

(くーちゃんのそういうのを知っているのは、ずっとずっと私だけだったのに)

醜い。自分のなかに、こんなにも真っ黒で嫌な気持ちがあることを私は知らなかった。

(それでも私はくーちゃんをあの子に───ううん。誰にも獲られたくないって、思ってる)

かつて望んでいたはずの理想を現実として目の前に突き付けられて、初めて。

でも───どうしよう。

こんな気持ち、気付いたってしょうがない。

だって彼は、

私のことなんか絶対 "恋愛として" 好きになんかならないひとなのに。

「・・・どうしよう、」

それは17年目にして突然、嵐のようにやって来た自覚の波。

そうして自覚したところでコントロールも何も出来そうにない気持ちは、次に楠雄と顔を合わせてしまった瞬間すべてが筒抜けになって終わりを告げてしまうのだ。

この時程私は、楠雄が超能力者だということを神さまに恨んだことはなかった。










ψ【初恋のΨ難】
『ジーザス!ジーザス!』







2015.06.23
2017.05.13

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