【斉木楠雄のΨ難 1】
□【愛の告白は歪んで消えた】
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「はあ〜・・・そっかあ。そうだよね、くーちゃんがいくら強くて優しくてカッコよくっても、くーちゃんが相手のコのことを好きだって思わないとダメだよね」
[・・・・・・・・・]
楠雄が半ば自棄になって口にした棘だらけの言葉を受け止めた名前が、やがて大きなため息と共に感心したように吐き出したその発言は、またもやさらりととんでもない爆薬を搭載していた。
[・・・というか、そんなことを言うのはおまえくらいだ]
「へ?何が?」
[学校のヤツらに僕がなんて思われてるか知ってるだろう。"無口で何を考えてるかわかんないから不気味" だぞ]
「 ? でもくーちゃん、別に無口じゃないよね?」
[・・・・・・・・・]
「確かに学校では人と距離を置いてるからそう誤解してる人が多いかもしれないけど、でも私の知ってるくーちゃんは無口でも不気味でもないし。そういうの学校の子たちがちゃんと知ったら、くーちゃんきっとモテモテのよりどりみどりくんになっちゃうかもね!」
[ナンダソレ]
「だって私くーちゃんよりも強くて優しくてカッコいい男の子なんか、そうはいないって思うもん!」
[ ! ]
いつものように花のようなニコニコ笑顔の甘ったるい声で、やはり臆面もなく名前はそんな恥ずかしいことを言ってくる。
自分に対するストレート過ぎる誉め言葉を真正面から聞かされてしまった楠雄は一瞬だけ大きく目を瞠ったものの、だからと言って特にわかりやすくあわてるということはなかった。
それは昔から、事あるごとに聞かされてきた名前の殺し文句だったから。
それでも。幼なじみの誉め殺しを聞き慣れているはずの楠雄にとってそれの一体何が厄介なのかというと、身に宿る超能力のせいで彼にはその一言一句すべてが名前の本心であると言うことがわかってしまうことだった。
(くーちゃんは強くてカッコいい)
(スーパーマンみたい)
(すっごくやさしい)
昔からずっと。名前は心の声でもそう思ってくれていた。
超能力のことを隠すために周囲との接触を避ける楠雄は、当然のように暗くて無口で不気味だというレッテルをまわりの人たちに貼られてきたのに。
すべてを知っているコイツは、すべてを知っていてもこんなことを言ってくる。
超能力を怖がることも、利用しようともせずに。
鳥が空を飛ぶのと同じように。
魚が水を泳ぐのと同じように。
超能力を持っているのなら、それごとまるめて全部が "お隣のくーちゃん" なのだと。
[・・・・ああ、まただ、]
そう思った時。楠雄は心臓のど真ん中に、ズシッと重たい何かがのしかかる感覚をつよく覚えた。このところ時折ふとしたきっかけで自らの胸を過るその冷たく重暗い感情の渦を、彼はすでに自覚していた。
いつからだったろう?
超能力のせいでひたすらに生き苦しかった世界。
まだ共に幼かった頃は、それでも陽だまりのように優しく温かかったはずのこの関係を───生温かい、ただぬるま湯に浸かっているだけのようにも感じてしまうことが増えてきたのは。
名前の存在は、いまでは楠雄にとって大袈裟でなく奇跡だった。それはまるで、100年に一度しか咲かないと言われる花の種が芽吹いたような。
自分の人生の近くには与えられないはずのその奇跡の存在に気付いてしまってからは、その花の苗が枯れないように手折られることのないように、いつのまにか楠雄は懸命になっていた。
だけどそれは、あくまでも隣の道に咲いた花だったから。
大切に大切にガラスケースに入れて守り育て咲かせたところで、自分のものにはなりえない花だった。
それをわかって言い聞かせてきたはずなのに僕は、いつのまにかそんなことも忘れてしまうくらいにその花を大切に思うようになってしまっていたんだ。
家族を大切に思う気持ちとは違う。名前がいなければ知るはずのなかった気持ちが確かに僕のなかにはある。
そして自分のなかにそんな気持ちがあったことを気付かせてくれた彼女ならば、こんな自分のこともいつか───それと同じ気持ちで、受け入れてくれるんじゃないかと。
そんな分不相応な望みを、僕は抱いてしまう。
『だって私くーちゃんよりも強くて優しくてカッコいい男の子なんか、そうはいないって思うもん!』
しかしそう嘘のない声で言われて喜びよりもモヤモヤとした気持ちが大きく胸を占めるのは、彼女のそれが自分の求めているものとは違う感情から発せられる言葉だとわかってしまうから。
[…ナマエ、]
"声" を出せば。
手を伸ばせば、すぐに届く。
生まれる前からのこんなにも近い名前との距離が、二人が成長した現在では楠雄にはたまに果てしなく遠いものに感じられる。
せめて僕らが幼なじみでなければ。
名前が僕を超能力者だと知らなければ。
互いが互いに 互いのことをここまで深く知り合うことがなければ。
二人がただの、"同級生" として出会ったのなら。
[ああ コイツはただの単純バカなヤツなんだなって・・・その程度の感想しか、きっとおまえには抱かなかったのに]
だけど名前は、楠雄が超能力者だと超能力そのものがどんなものかを理解するよりも先に知っていた。
そして物心ついてからも、名前自身の彼に対するスタンスにはなんらの変化はなくて。
心を読まれているとわかっていても、名前の方からその関わりを拒むことはいままでに一度だってなかった。
そのことにホッとはしつつも───反面、ただそれは自分が名前にまったく男を意識されていないからなのだということが、楠雄の胸に少しの痛みを伴わせた。
[結局のところ、突き詰めればそこなんだ]
もしも僕が、名前にとって予想外といえる行動をしてしまった時。
[名前は、そんな僕の存在を拒絶したりはしないだろうか───・・?]
名前にとって、僕はあくまでも幼なじみだ。
彼女から流れ込むのは、安心とやすらぎを与えてくれる存在としての僕。
もしもいつか僕がそれとは違うものをおまえに与えてしまったとしたら、この薄氷の上を騙し騙し渡っているような綱渡りの関係に終止符が打たれないとは、決して言い切れない。
それに。例え名前がその何もかもを許容してくれた心でただ想うことくらいは再び許し認めてくれたとしても、僕らの関係は決して前と同じ場所には戻れない。変わってしまう。
そんな一か八かのリスクを背負ってまで踏み出す勇気を、僕はまったく持ち合わせてなんかいないんだ。
「くーちゃんは大変だねえ・・・でもいつかきっと、内臓も骨も心も綺麗なひとが現れるといいね」
[いや、別に内臓と骨はどうでもいいけど]
「きっとくーちゃんが好きになるのは、物語の天女か女神さまのようなひとだね!」
[それってつまりは実在しないってことか?]
「え・・・っ、・・・い、いやあ、そんなことはないと・・・・・・思う、よ?」
[目が泳いでるぞ]
「わぷっ!ぅやー!くすおひどいっ!」
あはははと。痛いところを突かれて苦笑いでごまかす名前の前髪を、楠雄は仕返しとばかりに無造作に撫でつけた。
───なあ、名前。
残念ながら僕が好きになった女の子は、物語の天女でも女神さまでもない。
僕が好きになった女の子は、
鈍くさくて、うっかり者で、単純思考な。
隣の家に住む幼なじみの女の子だと。
[それをいまこの場で伝えたなら、おまえは一体どんなかおをするだろう───・・?]
くしゃくしゃにされた前髪に唇を尖らせている幼なじみの少女の顔を、表面上はどうということのないポーカーフェイスで眺めながら。楠雄は伝えるつもりのないテレパシーで彼女にそう問いかける。
幼なじみでいいから。
何でもいいから側にいたい。
けれどもそれによって導きだされる答えは結局いつもと変わらず、失う怖さを上回る勇気はやはり到底抱けそうになくて。
"僕は一生誰とも恋愛することなんてない "。
そしてこの日楠雄がその幼さと臆病さゆえに貼ってしまったこの "予防線" は、いずれ自らの恋の首を絞めることになる呪いのような言葉になるのだが。
それはまだ彼の予知能力でも見えない、だが確実に訪れる少しだけ未来の話だった。
ψ【初恋のΨ難】
『愛の告白は歪んで消えた』
2015.04.30
2017.05.11 加筆修正