【斉木楠雄のΨ難 1】
□【愛の告白は歪んで消えた】
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Ψ【愛の告白は歪んで消えた】
(そういえばくーちゃんて好きな女の子のタイプとかないの?)
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休日の昼下がり。名前に宿題を一緒にやろうと誘われてそれらを早々に片付けたあと、彼女が楠雄の母の夕飯の手伝いをする時間になるまでそれぞれ好きなことをして過ごしていた時のことだった。
勉強道具と共に持ち込んだローティーン向けの雑誌を読みながら鼻唄を歌っていた名前が、ふと思い立ったようにそう "声" をかけてきた。
まだ机に向かっていた楠雄は振り返ると、コイツはまた何を言い出すんだという表情をあからさまに見せる。しかしそれでもなぜ名前が自分にそんなことを訊いてきたのかを、彼はやはり当然にわかっていた。
【男のコの好きな女のコをタイプ別に徹底研究!】
そしてこれは、その問いかけをしてくる直前まで名前が目を通していたページのタイトルだ。
この特集が彼女の発言と関係していることなんて、テレパシーでそれを読む名前の声がBGMになっていた彼には容易に想像がつくことだった。楠雄は小さく肩で息を吐くと、それでもやり取りの手間を省くこともなく問い返す。
[なんだいきなり]
(んー?えっとね、いま読んでた記事なんだけどね、"聞いてた" ? これ!男子の好みをタイプ別に分けてるらしいんだけど、楠雄はこの中に好きなタイプとかっているかなって思って!)
んしょんしょと両肘をついて寝転がっていた姿勢を起こすと、名前は開いたままのページを楠雄にも自分にも見やすいようにとテーブルの上に置く。
その動きを辿るように楠雄が無言で視線を送った先には、細かく分類され様々なタイプの装いをした同年代とおぼしきモデルの少女たちがしっかりとカメラ目線でこちらを見ていた。
ショート、ボブ、ロングヘア。
黒髪に栗色がかった茶色の髪。
パンツスタイルにスカート。丈の長さはロングかショートか。
他にもたくさんのタイプに分類されたモデルたちが掲載されてはいたのだが、ざっと見たものだけでも楠雄はもうお腹いっぱい胸いっぱいという感覚に襲われる。生まれ持った超能力のせいもあるが、異性というか他人には興味も関心もほぼ皆無な彼にとって、そんなものを見せられたところで十把一絡げで大した差異はなかった。
「これなら見つめたってページが透けても人体模型やガイコツにはならないでしょ?」
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(だから思う存分見まくってくれたまえよ!)
興味激薄どころかゼロといった顔付きの楠雄の内心を知ってか知らずか、ナイスアイデアとばかりに得意気にそう言うと、対照的に名前は興味津々のキラキラな表情で楠雄を見つめてくる。
彼はそのまっすぐな視線から目を逸らさずに、しっかりと名前の顔を見つめ返した。しかしそれも、透視能力のせいで5秒も経過すれば人体模型から骨格標本と化してしまう。
それはいくら好きなタイプの女子…というか、まさにその好きな女子本人と言えども例外ではない。
生まれた頃からとうに見慣れた筋肉や骨の造りを、しかしいまはどうにも見る気にはなれなかったので、やがて楠雄は無言のままフイと名前から視線を外した。
[好きなタイプなんてない。それに僕は、一生誰とも恋愛することなんてないからな]
「一生?誰とも?!どうしてっ?」
[・・・おまえは人体模型や骨格標本相手に恋心とやらを抱いたり出来るのか?]
「 ! 」
[それに人間なんて女に限らず腹のうちではとんでもないことを考えてるヤツらばっかりだ。そんなのの心の声を毎日聞かされる羽目になっている僕が、恋愛なんぞに夢や希望を持てるはずがないだろ]
「・・・・・・・・・」
その吐き捨てるような楠雄の物言いに、名前のもとから大きな瞳は殊更に丸を形作る。
しかし実際には過去から現在進行形で恋心を抱いている相手に向かってこんなことを言ってしまう…言わなければならない自分が、楠雄はひどく惨めで情けない気持ちになっていた。
だけど言えない。どうしても。
普通の名前と、普通じゃない自分。
この気持ちは、伝えることはおろか知られることさえ禁忌なのだ。
もしも。もしも名前が僕の本当の気持ちを知ってしまったら。
僕は永遠に、彼女を自分の側から失ってしまうことになるだろう。
もう二度と、こんな風に僕の目をまっすぐには見てくれなくなるかもしれない。
なぜならこんな僕ではそんなものの対象にはなりえないからだ。
それでもたまにその現実を忘れてしまうのは、目の前の幼なじみがあまりにも自然に自分のことを普通の人間として見ていて、そして接してくれているから。
僕が普通の人間じゃないと───超能力者であるということを知っていてなお、名前は。