【斉木楠雄のΨ難 1】

□【うるΨお正月〜エピローグ〜】
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「それで?おじさんはお風呂で、くーちゃんはもう自分の部屋にいるの?」

「えっ、あ・・・えええーと、くーちゃんならみんなが帰ったあとにちょっと出かけてくるって・・・っ、そ、そうそう!コンビニに!コンビニにコーヒーゼリーを買いに行ってくるって言ってたわ!」

「 ? コーヒーゼリーならまだ年末の特売で大量買いしたの残ってたよ?」

「へ・・・っ、そ、そうだったかしら?」

「でもコンビニに行ったんだ?小腹空いてなんかお菓子でも買いに行ったのかな?」

「そそそ、そうかもしれないわね〜!おほほほ・・・」

名前から不意に楠雄の所在を問いかけられた久留美は、急にしどろもどろになってあわててそう答えた。

その挙動不審な様子を疑問に思いつつも、それを深読みすることもなく名前は再び箸を動かし始める。

実はこの時楠雄は、母の失言によって発生したある厄介事の後始末をするために自宅にいなかった。

その厄介事を招いたのは、息子にたくさんの友だちがいたことを喜ぶあまりにその友人たちの前で母が口にしてしまった、

『くーちゃん超能力者だから、昔っから友だちが少なかったの』

という、斉木家の面々にとっては超爆弾発言だ。

とはいえ、その段階では普通ならばまあそんな脈絡もない珍妙なことをいきなり友人の母に言われたところで、微妙な空気にはなりこそすれ誰もまったく信じるはずがなかった程度のことだったのに。

しかしその後、そのフォローにまわった人材というのがかなり悪かった。

揃って脳内お花畑夫婦の苦しすぎて何を言っているかわからないフォローになっていないフォローにより、結果的には余計に友人たちの記憶には『超能力者』というワードが深く刻まれてしまったのだった。

よって現時点では誰も楠雄のことを超能力者だとは思っていなくても、しかし今夜のことが彼らの記憶にしっかりと残っている限り、今後何か不思議な現象に直面するたびにそれは楠雄と結び付いてしまう可能性を持ってしまった。

それは人生において平穏無事に生活することを何よりも最優先にしている楠雄にとっては、何とも好ましくない状況だった。

という訳で。現在楠雄はその不安要素を取り除くために、友人たちからその記憶を消去するべく新年早々秘かに暗躍中なのであった。

しかし。ここでひとつ問題なのは、そんな息子の苦労も知らない母がこの時 ある誤解をしているということで。

それは。

(あ、危なかったわ〜!なまえちゃんにくーちゃんが照橋さんのことを家まで送って行ったことがバレるところだったわよぅ〜〜!)

という、楠雄にとっては何とも頭の痛くなるものだった。

そう。母は友人たちが帰ったあとにひっそりと息子が出かけて行ったのを、彼が照橋さんのことを心配して家まで送って行ったと勘違いしていたのだ。

確かにただでさえ女の子を暗い夜道で一人帰すのは危ない上に、それが照橋さんのような美少女ともなるとその危険度は更に増すだろう。途中までは (下心のまったくない) 灰呂が送っていくよと言ってはいたが、照橋さんクラスの美少女にはそれでも心配の種は尽きない。

(くーちゃんは優しいからそうしたのよね!別に照橋さんのことを女の子として好きだから送って行ったとか、そんなんじゃないわよね!)

(だってくーちゃんにはなまえちゃんという心に決めた女の子がいるもの!)

(う・・・でも照橋さんもすっごく可愛かったし・・・それにとってもいい子だったわ!)

料理を褒められたことで舞い上がって、今度作り方を教えるなんて約束もあっさりとしてしまったし。

それに楠雄に友だちがたくさんいたことが何よりも嬉しくて、ついついあんなことも言ってしまった。

(まあ "あのこと" はパパのナイスフォローで何とか誤魔化すことが出来たし、問題はないと思うけど・・・)

本当は全然うまく誤魔化せていなかったことにも気付いていないこの母は、生来根が素直で嘘をつくとか誤魔化すという行為が苦手な上に、ついつい深く考えずにポロっと思ったことを口にしてしまう人だった。

それは3歳の時の空助をして、

『ママは楠雄が超能力者ってことを名字のおじさんたちに隠し通すのは500%無理だから、最初から素直に話して味方になってもらった方がいいよ』

と言わしめる程だ。

そんな母の純粋培養さは、超能力者の楠雄が世界に絶望を感じながらもこれまでどうにか生きてこれた大切な要因のひとつではあったが、しかしそれも今回の場合、彼にとってはあまり有利な方向には働いてはいなかった。

(も〜!くーちゃんたらパパと違って浮気者だわ!なまえちゃんという子がいながら、可愛い子が現れたからってすぐそっちにフラフラしてっちゃうなんて〜!)

(で、でもくーちゃんもまだ高校生だし、いろんな可愛い女の子に興味を持ったっておかしくないわよね・・・)

(ど、どうしよう!私はもちろん断然なまえちゃん推しだけど、でももしくーちゃんがこのまま照橋さん推しに変わっちゃったら!!)

そして普段ならこのように暴走しがちな母の思考に的確なツッコミを入れるはずの楠雄は、しかし残念ながら説明した通りの事情でいまはこの場にいなかった。

おかげで母のそのすっとんきょうな妄想は、急な坂を勢いよく転がり落ちていくように加速していく。

それに並行して、楠雄の同級生たちが来ていたのは事実だが、そのメンバーに女の子がいたということまでは名前に話していないことが久留美の良心を呵責した。

別にそれくらい話したって構わないし変に隠す必要もないとは思うのだが、それでも久留美は何となく、最近の息子たちの様子を見ていてそれはまだ名前には知らせない方がいいと思った。

(パパがお風呂から上がったらしっかり口止めしておかないと!)

名前の前で照橋さんのことをベタベタに褒めちぎりそうな自らの夫の空気の読めなさ加減を予測して、久留美はそう固く決心したのだった。
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