【斉木楠雄のΨ難 1】
□【うるΨお正月〜エピローグ〜】
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Ψ【うるΨお正月〜エピローグ〜】
「ただいま〜 お客間の電気が点いてたから覗いたんだけど、誰かお客さんでも来てたのー?」
「あ、おかえりなさいなまえちゃん!そうなのさっきまで・・・ってあらありがとー!残ってた洗い物持って来てくれたのね〜」
「はい、これで全部だよ」
「ありがとう助かるわ〜」
インフルエンザにかかってしまったバイト仲間の代打で新年早々働いてきた名前が帰宅すると、斉木家のキッチンは洗い物がてんこ盛りの状態になっていた。
普段は使われていない客間の様子から突然の来客があったことを察した彼女は、室内の状態からそのお客たちは既に帰ったのだろうと推測して、テーブルに残っていた片付け物を持ってダイニングに顔を出した。
"なまえちゃんはご飯食べててね〜" と言う久留美ののんびりした声を聞くと、しかし名前はそのままテーブルには着かず腕まくりをして、真新しい布巾と洗い終わったばかりの食器に手を伸ばして片付けを手伝い始める。
「ごめんね〜ホントにありがとうなまえちゃん。すっごく助かるわ〜」
「平気平気〜これくらい二人でやればちゃちゃっと終わっちゃうもん」
「ありがとう〜」
最初は申し訳ないからと遠慮した久留美も、疲れているだろうにそれをおくびにも出さない名前の好意を素直に受け入れることにした。
そして名前の言う通り、二人の慣れた手つきと連携でみるみる間に洗い物は片付いていった。
「え、じゃあさっきまでくーちゃんの高校の友だちが来てたのっ?」
「そうなのよ〜ぅ♪すごいでしょ〜!」
片付けを終えると、二人は揃ってテーブルに着く。久留美が自分のために取り分けておいてくれたおせちやらお寿司の豪華な夕飯に舌鼓を打ちながら、興奮気味な彼女からひと通りの説明を聞いた名前は目を丸くした。
新年明けてお正月。去年までは斉木家 (留学中の空助は除いて) と名字家で揃って毎年恒例の初詣に行くことが出来ていたのだが、今年はスケジュールの都合がどうしてもつかなかった為に、名前の父と母は海外の赴任先で新年を迎えていた。
そうしてそんな時、タイミングの悪さは重なるものなのか。早朝に連絡が入って急遽バイトに出なくてはならなくなった名前も参加できなくなってしまったので、今年の初詣は仕方なく斉木家の面々のみで行くことになったのだった。
「くーちゃんの友だちって燃堂さんと海藤くんの他にもいたんだねえ。洗い物の量からいってお客さんが二人だけじゃないとは思ったけど・・・」
「そうだったみたいね。おばさんも神社でビックリしちゃったの〜」
「いいなー私も会いたかったよ〜」
「あーん残念だったわねー!なまえちゃんが帰って来るちょっと前までみんないたんだけど〜」
「そうなんだー。うーん悔しいなあ」
先程までの来客が、その初詣に行った先の神社で偶然次々にばったりと遭遇した楠雄の同級生たちだったことを説明すると、挨拶が出来なかったことを名前は悔しがった。
後もうちょっと早く帰って来れていれば会えたかもしれないのに。
元日から重なるタイミングの悪さを恨めしく思いつつ、名前は好物の栗きんとんを頬張ることでその悔しさを一緒に咀嚼して飲み込んだ。
しかし、これは余談なのだが実は例えあとちょっと早く帰って来れたとしても、彼女は結局楠雄の友人たちとの邂逅を果たすことは出来なかったのである。
そもそもこのニアミスとて、名前が帰って来るタイミングを見計らって楠雄がそれを阻止した結果なのだから。
彼にとっては名前が燃堂や海藤と面識があるというだけでもう既に厄介極まりないのに、これ以上はもうご遠慮しますという状態だった。
それに加え今日は特に、メンバーの中で紅一点の照橋さんと名前を会わせる訳にはいかないと楠雄は考えていた。
なぜならば、はからずも彼はテレパシーで照橋さんの "自分に対する気持ち" を知ってしまっていたから。
彼女は照橋 心美は世界一の美少女だと周囲の人間が口にして憚らない程の存在であり、彼女自身もそれを認めているくらいに自らの容姿に対して強い自信と高いプライドを持っている。(そのことを知っているのもテレパシーで照橋さんの思考を読める楠雄のみだが)
もしもそんな彼女が名前の存在を・・・ "斉木家にも自由に出入りするくらい家族ぐるみの付き合いをしている幼なじみの女の子がいる" なんてこと知ろうものなら、その後500%の確率で面倒事に発展するのは、超能力を使わなくとも楠雄にはわかりきったことだった。
単なる幼なじみと説明したところで決して納得はしないだろうし、嫉妬も焦りも収まるはずもない。
それに痛いところを突かれれば、楠雄にとっては確かに名前は単なる幼なじみでもなかった。
更には彼自身も名前と自分の関係がそれ以上に発展するとは、絶望的な程に望めてはいないような現段階で。
望むことで壊れてしまうのなら、いまのままでいいと───その想いに蓋をしているただでさえ不安定な領域に、誰にも踏み込まれたくはなかった。
ゆえに照橋さんはいまだに名前のことを知らないし、海藤も名前が楠雄の幼なじみということは知るに至っていない。
『名前ちゃん今日いねーのか?お?』
唯一その存在を知っている燃堂が何度かその疑問を口にしようとしていたが、楠雄が肝を冷やしながらもそれを阻止していたのは言うまでもない。