【斉木楠雄のΨ難 1】

□【斉木 空助のΨ難 @ 】
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その後も相変わらず楠雄に勝負を挑んでは負け続けていたある日。あのプライドの塊のような弟が、僕に生まれて初めて頭を下げて来るという超一大珍事件が起こった。

それは僕が13歳、楠雄と名前ちゃんが11歳の頃のことだった。

詳しく話を聞いてみると、どうやら当時の楠雄は成長するにつれて益々強まっていく自分の力をうまくコントロール出来ないことに、内心で強い焦りを感じていたようだった。

小5の時の彼の力がどれくらい強まっていたかというと、テレパシーの届く範囲は日本列島を網羅していたらしいし、六本木ヒルズくらいは持ち上げられて月も()れると真顔で語っていたくらいだから、それは相当なものだったのだろう。

寝返りで家を吹き飛ばすのが可愛らしく思える程に、当時の弟は平静を装いながらもかなり思い悩んでいたことを覚えている。

なぜかって?それはもちろん想像しただけで世界を作り変えてしまうマインドコントロールが暴発し、世界に影響を及ぼしてしまうことを危惧していたからだったが───しかし。

だけど僕は知っている。弟の本当の本当の本心を。

あの時の楠雄が・・・いや、いまでもずっと弟が一番に恐れているのは、自分の持つ力が大切な人たちを、

"名前ちゃんを傷つけたりしないか" 。

ということだけだ。

そうでもなければ、普段から煩わしく思っている兄に対して頭を下げて頼ってくることなど、楠雄は絶対に絶対にしやしなかっただろう。

僕としては弟に生まれて初めて頼られたことにはもちろん浮かれつつ、その相談には二つ返事で乗ってやった。

その頃になると、凡人の僕でもさすがに正攻法では天才との勝負に勝てないと気が付いていたからだ。

そうして僕は楠雄の脳や体を調べ上げ、超能力を弱体化させるあの装置を作り上げた。

───が、しかし。それでも僕は弟との勝負には勝てなかった。

所詮天才には敵わないのか。僕の失意のドン底へと突き落とされる日々は、それからも延々と続いていった。

そうしてその後14歳になった凡人の僕は、自暴自棄になって高校を飛び級。

逃げるようにして現在も籍を置くイギリスのケンブリッジ大学へと留学し、毎日を脱け殻のように自堕落に過ごして修士号を取得した。次は博士号取得のために研究に明け暮れる日々を送っていたことは、皆の知っているところだと思う。

そう、あの時僕は逃げたんだ。

楠雄との勝負からも、大切な女の子からも。

いがみ合ってはいてもさすがは兄弟だと思う。

僕と楠雄は、昔から好きになるものがとてもよく似ていた。

甘いもの・・・取り分けコーヒーゼリーに目がないところも、好ましく思う女の子も。外見も性格もまったく違う僕たちなのに、そこだけは驚くくらいのシンクロ率を見せたんだ。

そして超絶鈍感な名前ちゃん本人はともかく、テレパシーですべてが筒抜けな楠雄は僕の気持ちなんて最初からお見通しだったろう。

『何千回勝負して負けても、もしかしたらその次は勝てるかもしれないよ?』

『だけどあきらめちゃったら、そこで全部が終わっちゃうんだって』

『あきらめなければ、"まだ勝てていないだけ" だよ』

僕が失意のまま留学を決めた時。空港に見送りに来てくれた彼女は、いつものあのあっけらかんとした笑顔でそう言っていた。

それは彼女が心のバイブルと仰ぐ某超有名バスケット漫画の名台詞を、彼女なりの言葉で表現したものだった。

だけど楠雄との勝負で通算4253敗を喫して失意のドン底にいた僕には、その時その言葉の意味はわからなかった。

でも、いまならわかる。

脱け殻のように自堕落に過ごしていたある日、僕は研究の過程であることに閃いたんだ。

それは楠雄のテレパシーを封じる方法だった。

楠雄を読めなくするのではなくて、僕が読まれなくなればいい。それはまさにこれまでとは違う逆転の発想だった。

『だけどあきらめちゃったら、そこで全部が終わっちゃうんだって』

日本を離れて脱け殻で自堕落な日々を過ごしていても、僕のなかには名前ちゃんに言われたこの言葉が残響のように残っていた。

そうだ。あきらめなければ、"まだ勝てていないだけ" だ。

でもあきらめてしまえば、僕はもう永遠に楠雄に勝てなくなる。

名前ちゃんの言いたかったことを理解した時、僕はまた彼女に恋に落ちた。

名前ちゃんは本当に不思議な女の子だ。

でも僕は、この恋だけはあきらめると決めている。

だって僕はお兄ちゃんだから。

兄弟が揃って欲しがっているものを譲ってあげるのは、古今東西お兄ちゃんの役目だからね。

・・・とは言っても。もしも弟が彼女を泣かせたりなんかしていたら、お兄ちゃんはどうするかはわからないけど。






さて、そんなこんなで僕が日本を離れてからもう4年以上の月日が経つ。

小学生だった楠雄も名前ちゃんも、高校2年生になった。

ママからかかってくる定期電話で聞いた話では、なんだか最近二人の距離が縮まってきているらしい。

それを聞いて僕の胸はまだちょっと痛むけど、大丈夫。僕はお兄ちゃんだからね。

とは言え不器用と鈍感な二人の恋愛模様は気になるところだし、僕のテレパシー研究も大詰めを迎えようとしているから、そろそろ一度日本に帰って久しぶりに楠雄に勝負を挑もうかな。

何より4年前よりも綺麗になった名前ちゃんや、ママにも会いたいしね。

こうして誰にも知らせずにひっそりと進んでいた、僕の一時帰国計画。だけど僕はそれよりも前に思わぬ形で楠雄たちと再会することになるんだけど、それはまた別の話。











ψ【初恋のΨ難】
『斉木 空助のΨ難 @』








2014.07.20
2017.05.11 加筆修正
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