【斉木楠雄のΨ難 1】

□【Brand-New】
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Ψ【Brand-New】









ベキッ!グシャ!ガキュ!

[・・・・・・・・・]

念力という見えない力を使って潰した空き缶。

力の加減をまったく考えなくていいのなら、それはこんなにも簡単なことなのに。しかし実際問題は、そういう訳にもいかないから厄介で。

暇を見つけては繰り返し訓練をしているものの、いまひとつコツが掴めないことに楠雄は苛立ちを募らせた。

先程も空き缶を数個母親から譲り受けて来て試してみたが、潰さないように持ち上げることにかなりの神経を使ってしまった。これでも最初の頃に比べたらだいぶ進歩した方なのだから、完全にコントロール出来るようになるにはまだまだ気の遠くなる時間が必要だろう。

[何かコツを掴めば、すぐに使いこなせそうではあるんだが]

とにかく普通にやるより32倍は疲れる。それはもう尋常じゃない程に疲れるから、顔だって尋常じゃなくなる。

以前それを見ていた幼なじみの少女に、

『すご〜い!くーちゃんハプルボッカみたいなかおだね〜っ』

などと満面の笑みでさらりと言われてしまった時などは、しばらくヘコんだりしたものだ。

[・・・まったくアイツは、人の気も知らないで]

いったい誰のおかげでそんな顔になる羽目になっていると思っているんだか。どこまでも能天気な幼なじみの顔を思い浮かべると、楠雄は内心でボヤいて肩を竦めた。

しかしそれでも、もっと上手く力をコントロール出来るようにならなければ。

自室の床に転がる原形を留めていない空き缶たちを見て、楠雄はフゥとひとつ小さなため息をついた。まともな形を保っている缶は残りあとひとつしかない。他は全部潰れてしまった。

こうして楠雄が強すぎる自らの力を自在にコントロールしようと必死になっているのには、彼なりののっぴきならない理由があった。

───それは。


[力を抑え込む方ばかりに意識が偏りすぎているのか?]

(くーちゃん?)

[ ! ]

あれこれと思案しながら無言で空き缶を眺めていたら、不意に目の前に現れたどんぐりの瞳に視界と思考をいきなり遮られる。その突然の出来事に、楠雄は珍しく目を丸くして驚いた。

(どーしたの?かんがえごと?シュークリームできたってばよー?)

[・・・ああ、悪い]

(何回よんでもおへんじないからいないのかと思っちゃった。あ・あのね!今日のはとってもじょうずにできたんだよっ)

自分しかいなかったはずの部屋に現れたのは、いままさに顔を思い浮かべていたところの幼なじみの少女だった。

名前が家に来ていることを、楠雄は当然ながら知っていた。

しかし彼女はつい先程まで階下のキッチンで、前回のおやつ作りで大失敗をしたシュークリームを母と一緒になってリベンジしていたはずなのに。どうやらこちらが特訓に集中しているうちにいつのまにやら完成していたようだ。

そして今回はシュー皮が上手く膨らんだらしく、目の前の名前はえらくご機嫌な様子だった。

(あ、くーちゃんまたとっくんしてたの?ねんりき?)

[ああ]

(すごい!あきかんペチャンコだねえ)

[いや、ペチャンコに "ならないように" 持ち上げようとする練習をしてたんだけどな]

足もとに丸まって転がっている缶だった物体をつまみ上げて、名前は感心している。

しかし楠雄の理想としては、それはいまも本来の形を保っていなければいけないものなので、彼にとってはその状態には何ひとつもすごいことなんてなかった。

[・・・痛いか?]

(へ?───あ〜こないだの?ううんもうぜーんぜんへっちゃらだよ!ほら、きずもアザもきれいにきえてるでしょ?)

[・・・・・・・・・]

楠雄からの不意な主語の抜けた問いかけに、名前は最初きょとんとした顔になった。しかし彼の曇った表情が見つめている一点に気が付くと、それが何を指しているのかを理解してすぐに答えを返す。

楠雄が見つめているのは、ハーフ丈のパンツの裾から見え隠れしている、名前の右足の膝小僧付近だった。

そこは先日、彼女が道端で盛大に転んだ時に大きな傷をこしらえた箇所。いまでこそなんともない状態となっているが、転んだ当初はすっぱりと切れていた傷口から溢れ出る血で真っ赤に染まっていた場所だった。

ケガが早く治るのは不自然ではないという楠雄がかつて施したマインドコントロールのおかげで、人間のケガは余程の重傷でもない限りすぐに治るようになっている。

現に名前の膝も普通なら縫うような大きさの傷口だったのに、割とすぐふさがった。彼女の言っている通り、幸いなことに痕にもなっていないようだ。

とはいえそれでも、ケガをすれば痛いし、血だって流れる。

そして何もないところでだって普通に転ぶこの幼なじみは、昔からこういった生傷の耐えない残念な運動神経の持ち主だったから。

だから───心配になる。

いまはそれくらいの些細な傷で済んでいるからいいものの、このうっかりドジ娘はそのうちとんでもない大ケガをするのではないかと。

[過保護になり過ぎているとは、我ながら思うんだが]

名前に関しては、本当に。

表面上いまのところはどうということもなく生活してはいるが、それでも彼女の身にもしものことがあれば地球ひとつを簡単に消し飛ばしかねないだろう自らの不安定な内面を、楠雄は人知れずに危惧していた。

どんなに注意を払って生きていたって事故は起こる時は起こるし、巻き込まれるかもしれない見えない危険は数多く存在する。

だからと言ってそんなことばかりを恐れていたら日常生活など到底送ることは出来ないし、そんな人生はひどく味気のないものになるだろう。

名前は名前らしく、これまで通りにのびのびと生きてほしいから。

街中(まちなか)ですれ違う相手が凶器を隠し持っていないか、危険な思想の持ち主ではないか。超能力でそれらを知ることが可能な自分ならば警戒することは出来るのに。

[・・・って、それこそ考え過ぎだろ]

思わず飛躍してしまった思考を、楠雄はもとの位置へと引き戻す。

それでもこんなにも不安になるのは大切な彼女のことだから。

自分がこのひどく能天気で底抜けに天然な少女の存在を特別だと思っているということを、彼はもうこの年齢で既に自覚し始めていた。

それは家族を大切だと思う "好き" じゃない。

コーヒーゼリーを口にした時の幸福感とも違う。

楠雄にとっては、名前にだけ向けられる特別な感情だった。

『───くーちゃんっ!』

名前はいつも、僕の姿を目に止めると笑顔で駆け寄ってくる。

その瞬間が楠雄は昔からとても好きだった。

超能力のことを知っていて。名前はそれを嫌ったり、気味悪がったりなんてしたことがない。

血のつながった家族でもないのに…いや、血のつながった家族()にだって化物だと言われたことがあるというのに。

いつだって名前はありのままの僕を受け入れて、変わることなく接してきてくれた。

だから、守りたい。

こんな超能力、自分から欲しいなんてこれっぽっちも望んだことはないけれど。

でもいつかこの力で名前を守ることが出来たら。

その時は僕にこんな力を与えた、いるとも知れない "カミサマ" とやらを───まあ少しくらいは。

ほんの少しくらいは、認めてやってもいいとは思っているんだ。

しかし自分の能力は、現実には目の前で名前が転びそうになっても支えてやることすら出来ていない。その事実が、楠雄にあと一歩の何かを掴めないようにしていた。

大きすぎる力。

[僕は怖いんだろう]

名前。おまえのことを守るどころか、僕はいつかこのコントロールもままならない力でおまえに対して取り返しのつかないことをしてしまうのではないかと。



「ねえ、くーちゃん」

[なんだ]

その後ろ向きな思考に追い討ちをかけるように、昔から何かにつけて勝負を挑んでくる兄の顔が思い浮かんだ。

楠雄は一気に不快になった気分を取り直すように、残りひとつになった空き缶を使って再び特訓を開始しようとする。ちょうどその時だった。幼なじみのそんな複雑な心境を知る由もなく、名前はニコニコと満面の笑顔で話しかけてくる。

「甘いものたべて、ちょっとおやすみしたらまたやろうよ」

[ハ?]

(だってこぉぉ〜んなむつかしいかおしてたらおかしもおいしくは作れないのよって、くるみおばちゃんがさっき言ってたよ?)

[ ! ]

(あのね、わたしががんばっておかしを作るのはね、それをたべたみんながおいしいよって言ってくれるときの、笑ったかおがだいすきだからなんだ。だからしっぱいしちゃってもがんばれるんだよ。ナマエよくわかんないけど、くーちゃんのちょうのうりょくもきっとそういうのなんじゃないかなあ?)

[・・・・・・・・・]

(ねえくーちゃんは?くーちゃんは、どうしてこんなにがんばってねんりきのとっくんをしてるの?)

[ ! ]

(なんのために、してるの?)


───ナンノタメニ。

まっすぐな、どんぐりの瞳に問われて考える。

僕は。なんの。誰の為に?

そんなのは決まっている。

あまりにもいまさら過ぎて、考えたこともなかったくらいだ。

何の・・・"誰の為に" ?

ああ、でもそうだ。僕が苦手な念力をこんなにも使いこなせるようになりたいと強く望むようになったのは、

───それは。


[ ! ]

「うわあっ!」

本当にいまさら思い浮かべる必要もなく、その理由はいままさに楠雄の目の前にいた。

そうだ。僕がこの力を使って守りたいのは、他の何でもない名前なんだ。

しかし楠雄が改めてそれを思った時、これまでとは違う感覚で、ごく自然に。

鳥が生まれついて空を飛べるように。魚が生まれついて水の中を泳げるように。

楠雄にとってもそれくらいにごくごく自然な感覚で、それは宙に浮いていた。

「くーちゃんういてる!あきかんぜんぜんつぶれないでういてるよ!すごーい!」

[────・・]

そしてその光景を見て、我がことのように喜んでいるのはやはり名前の方だった。

楠雄本人はと言えば放心状態で、形を保ったままふよふよと浮かぶ空き缶を見つめている。

───なんで、どうして。

こんなにも簡単なことが、いままで僕は出来なかったんだろうと思いながら。

そうだ。

僕がこの力で守りたいのは、いつだって名前だったのに。

「すごいねー!これはシュークリームでおいわいだよー!」

[ ! ]

放心状態の楠雄にはお構いなしで彼の手を取ると、名前はぴょんぴょんとその場で跳ねながら喜びを身体いっぱいで表現する。

自分の手に急に触れてきたその小さくてやわらかな彼女の手の感触に、楠雄のピンク色の髪の毛はぶわりと逆立った。

ベコリッ!すると途端に宙に浮いていた空き缶が、大きな音を立てて一瞬で凹んでしまう。


「あれぇっ??カンまたへこんじゃったねえ?」

[・・・・・・・・・]

小さな塊となって宙に浮いている空き缶だった物体を見上げて、名前はコテンと首を傾げた。

そのどこまでも能天気な様子と甘ったるい声に、楠雄は小さくため息をつく。

掴まれたままの手が熱を持って。

もしかするとこのやわらかな手を守る為ならば、僕はもうなんだって出来るのかもしれない。

それまでとはまったく違う感覚で見える世界に、本気でそんなことを思ってしまった。






ψ【初恋のΨ難】
『Brand-New』








2014.07.13
2017.05.11 加筆修正

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