【斉木楠雄のΨ難 1】

□【初恋ジレンマ】
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この気持ちが恋なのだと気付いた時にはもうとっくに手遅れだった。

愛だの恋だのを認識するよりも早く、僕は彼女に出会ってしまっていた。

どうして僕らは同じ性別で生まれついてこなかったのだろう。

そうしたら、ただ一緒に学校から帰るというだけでいちいち冷やかされたりするようなこともないのに。












Ψ【初ジレンマ】












「あっ、ねえくーちゃん!今日は一人で先に帰って来てたけど、なまえちゃんとケンカでもしたの?」

[・・・・・・・・・]

父が帰宅して来て始まった、夕食の時間。いただきますをしてから少し経った頃、母がようやくそれを問いかけてきた。

その言いまわしはいま不意にそれを思い出したかのようではあったが、あいにく楠雄には母がずっとそれを気にしていたことが聞こえてくる "心の声" でとっくにわかっていた。

余計な気を遣わせていることを多少申し訳なく思いつつも、楠雄はすでに用意していた答えをそのまま返す。

[別にしてない。名前も言ってただろ、今日は別の友だちと帰って来たって]

「う、うん。そうなんだけど・・・くーちゃんはそれに混ざって一緒に帰らないの?」

[女子ばっかりの中に、混ざって帰る男子なんていない]

「あ、う・・・そっか。じゃあなまえちゃんは、今日は女の子のお友だちと一緒に帰って来たのね?」

名前本人からは別の友だちと帰って来たとしか聞いていなかった母は、それを聞いてようやく少しだけ安心したようだった。

「二人ももう4年生なんだし、このくらいの学年にもなるとそれが普通なんだよ、ママ。僕らの頃もそうじゃなかった?」

とはいえそれでもまだ若干腑に落ちない表情をしている母に、そんなまともな意見を言ってのけたのは珍しく父だった。いちいちウインクするなとは思ったが、言いたいことは父と同じだったので楠雄は我慢した。

「うーん。うちはすっごく田舎だから、家の近い子同士で一緒に帰ってたのよね。小学校の低学年の頃は、お隣のふたつ年上のお兄さんがいつも手を繋いで帰ってくれたわ〜」

「な、ななっ、なんだって?!手を!?ママのその白雪のような手を・・・?!マ、ママ、も、もももしかしてそいつのこと・・・!?」

「うふふ〜」

「ママ───っぁぁぁ?!」

[ウルサイ]

斉木家から電車で1時間半、飛行機で2時間のあとまた電車で2時間からのバス45分で辿り着く母の実家は、確かに田舎も田舎のクソ田舎である。

長期休みの時でもなければなかなか行く機会もない場所ではあるが、そういえば前回は名前も一緒に行ったっけ。

普段はツン率99%のツンデレである祖父・熊五郎も、ついうっかりそのツン率がダダ下がりになりそうになるくらいに、名前のことを偉く気に入っていたことを思い出す。(えーけーびーに入れるぞぃとか言っていた)

[・・・・・・・・・]

母の初恋の相手を追及することに、食卓の話題はすでに切り替わっていた。

話の矛先が逸れたことを安堵しつつも、結局は自分の思考が "彼女" に辿り着くことに、楠雄は内心でため息をつく。

ちなみにその名前本人はと言えば、今日は自宅の方で久しぶりに両親と共にいる時間を過ごしていた。彼女の楽しげな "声" はいまこの瞬間もお隣から届いて、楠雄の心を複雑な気持ちにさせるのだった。
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