【斉木楠雄のΨ難 1】

□【めぐり逢うキセキ】
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[一体誰が決めた順位なのかは知らないが、海藤や燃堂が3位以内に入るなんてロクなもんじゃないことは確かだな]

あれから透明化をしてどうにか登校した学校でも、やはり異変は起きていた。

以前と状況の変わらない者もいるにはいたが、しかし普段は中二病発言で浮いている海藤を崇める信者たちがいたり、キモがられるばかりで嫌われ者の燃堂が黄色い声援を受ける人気者になっていたのだ。

そして透明化した状態でも楠雄の姿が視える鳥束 [人気投票4位] が登場したおかげで、透明化はあっけなく解除されてしまった。

順位が上位である4人が同じ場所に揃ったところで、【学園の人気者四天王 PK4】なんぞとどこぞの漫画で聞いたことのあるような意味不明な名称を付けられ、アイドルのような扱いを受けて次々集まって来る人だかりにもみくちゃにされるばかりだった。

[本当に真逆と言っていい程の変動だったな。それにしても・・・]

そんな訳もあり、それでなくとも "ある気がかり" のおかげで授業どころではない精神状態だった楠雄は、その後学校を瞬間移動で脱け出した。そうして辿り着いた繁華街のビルの屋上で再び透明化をすると、彼は一人途方に暮れていたのだった。

[───名前がいない]

屋上から覗く眼下には、多くの人々が行きかっているのが目に入る。

そのなかにも、いや、どこにも。

朝からずっと千里眼や念写などの超能力を駆使して探しても、幼なじみの少女は見つからないままだった。

楠雄にとって気がかりなのは、もはやその一点となっていた。そんななかでも彼は最悪の事態は考えないようにしてきたのだが、それももう限界に近い状態にきていた。

[それにしても・・・一体どうしてこんな世界になってしまったんだ?]

焦燥感を募らせつつ、それでも楠雄はこれまでにわかっていることを、頭の中でひとつひとつ整理しようと自らに言い聞かせる。

まず現時点でわかっていること。

それはこの世界が、人気度の変動した世界だということだ。

その証拠に登校途中で見かけた街頭のテレビでは、人気絶頂の俳優であるはずの六神 透が鼻フックをかれられて笑い者になっていた。

そんな彼の横にあったあの謎のボードには225票で第18位と書かれていて、かたや全然パッとしないイリュージョニストだったはずの蝶野 雨緑は大歓声を浴び、506票で8位になっていた。学校での大異変も、もとの状態より変動しまくっているこの順位のせいなのだろう。

そう、あの謎のボード。あれは人気がどう変動したのかがわかる超能力のようだった。

そしてその人気チェッカーでは、楠雄は第1位と表示されていた。

[つまりここは、僕が一番人気の世界]

普段は照橋さんの専売特許である "おっふ" のはずなのに、しかしここは楠雄が最も "おふられる世界" ───なのだ。

[名前・・・おまえはどこに行ったんだ?]

ポツリ。力ないその問いかけに返って来る答えはなく、楠雄の疑問は宙ぶらりんなまま彼のなかで不安となって募っていく。

今朝の食卓では父と母の立場はすっかり逆転していて、しかも父はコーヒーゼリーにすら地位を奪われていた。

そのことは少なからず愉快に思った楠雄だったが、しかしその後に父母と交わした会話に彼は大きく動揺することになる。

『さっ、パパはほっといて食べましょ』

[ ? 名前はどうしたんだ?]

『へ? "ナマエ" ? ───だあれ?くーちゃん』

[ ! ]

『仕上げに追いオリーブっと!んー?まさかそれ、楠雄のガールフレンドの名前かあ〜?おまえ、照橋さんはどうしたんだ〜?』

[・・・・・・・・・]

"このこの〜" と。自分を肘でつついてくる父の変わらぬウザさにも、この時楠雄は反応を返すことが出来なかった。

普段据わりがちな目は瞠り、彼の顔からは一気に血の気が引いていく。ざわざわと、嫌な予感に全身が逆立つような感覚を覚えた。

そう、言われてみれば確かに。

最初から違和感は感じていた。

起きたら台所からほぼ毎朝のように聴こえてくる、朝から青空が抜けてしまったのではないかというくらいに能天気な鼻唄も。

『あ・おっはよ〜くーちゃんっ!』

そうしてリビングにおりて行くと、まだ寝ぼけたままの視界に映る無邪気な笑顔も。

僕の席の斜め右にあるはずの、いつもおまえが座る椅子も。

見慣れた食器も、ピンク色の───お気に入りだという箸も。何も。

何ひとつもなかったんだ。

これまでの僕の日常にすっかりと溶け込むようにあったはずのそれらが、全部。

まるで名前と名前に関わる存在のすべてのみが、この世界からごっそりと抜け落ちてしまったように。

その証拠に隣には見知らぬ家が建っていて、見知らぬ家族が住んでいた。その後もう一度父母に尋ねてみても、やはり彼らには名字家の面々の記憶が一切なかった。

人気が変動した世界。

自分以外の人間に忘れ去られた幼なじみの少女と、彼女に関わるすべてのものたち。

突然起こったこの事態を少しでも打開する手がかりが欲しくて、極力学校では話題に出したくはない名前の名前も思い切って出してみたのに。

『お?ナマエ?誰だそれっ?相棒の "コレ" かっ?』

第1χで不覚にも名前と面識を持ってしまったはずの燃堂は、まあ信じられない馬鹿だから覚えてなかったのかもしれなかったとしても。

『名字 名前?誰だそれは。組織の手先か?』

中学時代の予備校仲間で、名前に淡い想いを寄せていたはずの海藤すら、彼女のことをまったく覚えてはいなかった。

───名前。

おまえはいま、どこにいるんだ?



"キャー!!斉木様よー!!"

"PK4が揃い踏みよ!!"

忘れるはずもない幼なじみの少女の名前を呼び続ける楠雄のなかで、今日一日ひたすら響いた歓声が再び鳴り響く。

"斉木くん 素敵ー!"

[うるさい]

"こっち向いて〜!"

[うるさい]

いらない、こんなもの。

万人の歓声なんかいらない。

誰に罵倒されたっていい。

嫌われたって構わない。

人気投票?そんなもの知るか。

世界中の大歓声を受けたって、ただひとりの声が聴こえないのならそんなもの僕には何の意味もない。

『───くーちゃんっ!』

名前。

どこにいるんだ。バカナマエ。

世界中でたった一人の。

なあ、ナマエ。

おまえのいない世界なんて僕は知らない。

そんな世界で生きていく術を───僕はこれまで、一秒たりとも知らないんだ。

そんな世界は真っ暗で。

"───コンナセカイナラ、イラナイ。"

[ダメだ、]

打ち消しても打ち消しても、沸き上がるのは不安。

名前のいない世界。

もう───会えない?


[・・・っ、]

そう思った瞬間、内側から自分でも抑えることの出来ない "何か" が爆発しそうになるのを楠雄は感じ取る。

父と母、友人たちの声も。何も思い出せなかった。

───ナマエノイナイ世界ナンテイラナイ。

沸き上がる黒い渦。

[だ、めだ・・・っ!]

大きく膨れ上がったそれに、楠雄の意識は飲み込まれていく。

[…ナマエッ、]


『───くーちゃんっ!』


僕はいますぐ、おまえに会いたい。






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