【斉木楠雄のΨ難 1】
□【不 変 戀 愛】
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不自然を自然にする。
僕にはそれを実現する力がある。
Ψ【不 変 戀 愛】
「・・・ちゃん?」
[・・・・・・・・・・・]
「くーちゃん?」
[・・・・・・・・・・・・]
(もーっ!!くーちゃんてば!?)
[ ! ]
自室で何をするでもなくぼんやりと考え事をしていた楠雄は、不意に一人だったはずの室内、至近距離で届いたその "心の声" に、途端に我に返った。
[・・・ナマエ?]
いつのまに。頭の内側で突然響いた声に驚いた訳ではなくて、いまこの瞬間までまったく "この存在" に気が付くことのなかった自分にこそ、彼はつよい驚きの念を覚える。
(なあに 考え事してた?)
[・・・ああ、そんな感じだ]
(何回呼んでも返事がないから部屋まで来ちゃったよ。出かけてるのかと思ったらいるし)
[悪い。夕飯か]
名前が部屋に来た理由は彼女に訊くまでもなくすぐにわかった。階下から聴こえてくる母の "声" で、まもなく父が 帰宅してくるのが伝わったからだ。
幼なじみの少女からの問いかけには、とっさにうまく受け答えは出来たものの。しかし、やはりどこか心ここに在らずといったそんな彼の様子に、名前が気が付かないはずもなかった。
(大丈夫?顔色悪いよ?)
[大丈夫だ、何でもない]
(風邪、じゃあないもんねえ?)
[ ! ]
宿題はとうの昔に終わっていたが、その後そのまま考え事をしていた楠雄はいまだ机に向かったままだった。
話を切り上げて椅子から立ち上がろうとした彼の額に、ひょいとやわらかな感触が伝わる。
「うん、熱はないね?」
楠雄が座っていたことで容易に触れられる高さにあったそこに手を当てて、名前は一人確認するようにつぶやいた。
[当たり前だ。僕が生まれてこのかた風邪を引いたことがないことくらい、おまえは知ってるだろ]
「んー でもホラ。鬼の撹乱って言葉もあるし!」
[誰が鬼だ]
熱を測り終えた手を楠雄の額から離すと、今度はそれを握りこぶしにして名前は力説する。
この時彼女にされるがまま無表情だった楠雄は実は内心ではひどく動揺していたりするのだが、しかし普段からポーカーフェイスを気取ることに慣れているので、そんなことはもちろん表面には出したりなんかしなかった。
[こんな風に僕に触れることが出来るのは自分だけだと、コイツは知りもしないんだ]
昔から変わらない名前のこのマイペースさが愛しくもあり───反面、最近では歯がゆくも感じられる。
超能力者を怖がることも、気味悪がったりもしない女の子。
超能力のことを知っていて。
それでも、こうして普通に接してくる。
でもそれは、本当に彼女本人の望んだことなのだろうか?
(くーちゃん?)
[ ! ]
どうにも今日の僕の思考は、"そこ" に到達してしまうようだ。
再び黙り込んでしまった自分をきょとんとした顔で見てくる名前に、楠雄は観念したように浅くため息をついた。
[今日、学校で抜き打ちの身体検査があった]
(身体検査?)
[ああ]
( ? それがどうしたの?くーちゃん別に検査に引っかかるような要素ないよね?)
[・・・・・・・・・・]
頭にヘンなモノを着け、緑色のメガネをかけ、おまけに髪はピンク色。
普通ならば学校一目立つ上に遠巻きにひそひそされること間違いナシな楠雄のその姿を見ても、名前はこれといってどこをおかしいと指摘することもなかった。
いや、それは別に彼女だけに限ったことではなくて。
こんな姿をしていても、自らを学校一目立たない存在だと楠雄が自負するのには、きちんとした理由があった。
【マインドコントロール】
楠雄は他人の考えを少しだけ変えることが出来るのだ。
とはいっても、それは他人を自在に操ったりすることが出来る力ではなくて。
【不自然】なことを【自然】なことだと思い込ませるように出来る、というものだった。
『ヘンだけど、でもナマエ くーちゃんのそのいろ、だーいすきっ!』
幼い頃に名前は、楠雄のこの奇抜な髪の毛の色をそんな風に言って受け入れていてくれた。
マインドコントロールなんてしなくても。
けれどいつまでも、どこに行っても好奇の目にさらされることに疲れてしまった楠雄は、ある日【ピンクの髪は不自然ではない】と思い込ませるマインドコントロールを使ってしまったのだ。
そして当時まだ幼かった彼は、その力の持つ危険性をまだよく理解はしていなかったから。
それが他人の考えだけでなく、人間の生態そのものを変えてしまうものであることに楠雄が気付いたのは───赤や青など、様々な色の髪が普通の世界になってからのことだった。
そして彼が変えてしまった【不自然】は他にもいくつかある。
ちょっとした事故でケガを負わせてしまった相手の傷を超能力で治してしまった時。相手の少年があまりに驚くものだから、とっさに【怪我がすぐ治るのは不自然ではない】というマインドコントロールを行ってしまったが、その結果、軽い怪我ならすぐに治ると思い込んだ人間の自然治癒力は飛躍的に上がってしまった。
爆発をした建物も、次の週には元通り。建設業は比べものにならないくらい発展した。
人間はとっさの状況になると急速に頭が回転するようにも進化したし、衣服が破れた時も股間は絶対に破れない。
どう見ても華奢な人間なのにもの凄い馬鹿力な人間がいたり、首の裏を『トン』とやっただけで気絶する。
そんな世界に変えてしまった。
そう、僕が。
そうして自分が世界を創り変えてしまったことに少なからずの責任を感じ、けれどそれを元に戻すことは出来ないと気が付いてから、楠雄はこの力を無闇に行使することはしなくなったのだ。
『ヘンだけど、でもナマエ くーちゃんのそのいろ、だーいすきっ!』
その【不自然】を【自然】だと思うようになった人間の記憶は、綺麗に塗り替えられてしまう。
だから、かつて自分にそう言って笑いかけてくれた幼なじみの少女はもうどこにもいない。
父も母も例外ではない。楠雄が身体検査に引っかかる要素がないと言い切った名前は、ピンク色の髪の毛は普通だと思い込んでしまっている。
何もないところでだってよく転ぶ彼女が、それで怪我をしてもすぐに治るのはいいことだとは思えても。
そんな力などなくても受け入れてくれていた彼らに対して、どうしてもつきまとうのは申し訳ないという気持ちだった。
そして気が付いてしまったことがある。
この、不自然を自然にする力。
それを幼い頃の僕は、無意識のうちに使ってはいなかったのか。
こんな得体の知れない力を持って生まれてきた僕を、心から愛してくれた父と母。
『───くーちゃんっ!』
名前はどんな時も気味悪がったりしないで、能天気な笑顔で笑いかけて来た。
僕がどんな超能力を見せても、すごいすごいと手放しで喜んでくれて。
でもそれは、本当に彼らの本心だったのか。
優しい彼らに拒絶されることを恐れた僕が、無意識のうちに "作り替えてしまった彼ら" じゃなかったのか。
───時々、わからなくなるんだ。