【斉木楠雄のΨ難 1】

□【ファンダメンタル・ラブ】
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Ψ【ファンダメンタルラブ】










[来たな]

夏休みの昼下がり。リビングでひとり、食後のコーヒーゼリーを堪能している至福の時だった。

先程、

「もうすぐそっちに遊びに行くからな〜」

と言う唐突でやる気のない呼びかけにあった通りに、その "声" の主である名前の父親の気配が近付いて来たことを楠雄は敏感に察知した。

父はいま母の荷物持ちで買い出しに出ているという現状を伝えたところ、『ならそっちで帰って来るのを待つからいいよ』と娘そっくりのマイペースさで即答されてしまった。

名字家から斉木家までは徒歩で20秒もかからない。

名前の父の手が玄関のドアノブにかかった瞬間、全力で開かないようにしようと思ったのもまあ一瞬のこと。超能力でそれを難なく解錠すると、楠雄は再びモニュモニュとコーヒーゼリーを頬張り続けた。

「邪っ魔するぞ〜っと、あ・いいもの食ってんなー」

[これは絶対にやらないが、麦茶くらいなら出す]

「はは、サンキュー。楠雄は相変わらずコーヒーゼリー教の信者なんだな」

[ナニソレ]

顔を合わせた途端、手もとの大好物を見てのんびりとした口調で言われた。そのおおらかで独特の発想な話し口はやはり名前に似ていると、冷蔵庫から取り出した麦茶をグラスに注ぎながら楠雄は思う。

「名前が構ってくれないんだ」

[さっそく本題だな]

「出発前にようやく休みが取れたっていうのに、今朝からこっちちっとも構ってくれない」

[あんたの娘は一応受験生なんだが。ちなみに僕もだ]

「ただでさえたまにしか会えないって言うのに、そんな可哀想なお父さんをないがしろにしないと合格しないような学校なんて端っから受験しなくてよろしい!お父さんはとてもすごく寂しいっ!!」

[本音過ぎていっそ清々しいな]

出された麦茶をまるでやけ酒を煽るようにグビッと飲み干すと、こちらの話を聴いているのかいないのか (まあ十中八九聴いてはいないだろう) 、早くも楠雄相手に名前の父は毒にも薬にもならない愚痴をこぼし始めた。

この人はそのフラストレーションを払拭する為だけに、暇潰しの矛先を我が家に向けたのだ。心を読むまでもなく楠雄は冷静に分析する。

名前の父親というのは、この若さで既にその分野では割と有名な考古学者だ。

そして職業柄普段は発掘調査やスポンサー集めの講演活動などによってやたらと多忙なため、楠雄や名前がまだ幼かった頃から自宅を留守にすることが多かった。

一方名前の母も彼と同じ大学で学んだ同期であり、もちろん優秀な学生だった。

さらに社交的な性格でもある彼女は、一人娘が成長していくにつれてサポート役として夫の仕事に帯同することが増えていったのだったが、そこには勿論楠雄たち斉木家の協力があったことはもはや言うまでもない。

「へ〜 楠雄、おまえ本当にPK学園を受けるのか」

光の速さで飲み干した麦茶のおかわりをちゃっかりと求めたら、コーヒーゼリーを堪能中の楠雄に鋭い視線でセルフサービスを要求される。名前の父は仕方なくすごすごと冷蔵庫へと歩み寄って行った。

すると彼は、勝手知ったる親友の家。先程久留美がカウンターに置いていった進路希望調査書をめざとく見つけ、それを手に取った。登校日に提出するために捺印を頼んだものを放置したままにしていたことを、楠雄は激しく後悔するのだった。

[ひとの進路調査書をサラッと見ないでくれ]

「だって置いてあんだもん」

[ いい歳したおっさんが "もん" はやめろ]

「なんだ。俺はてっきり楠雄は名前と同じ高校に行くのかと思ってたよ」

[あんたは僕が毎朝満員電車に乗って通学なんかすると思うのか?]

「や、そこはホラ。色々と "()" はあるだろ」

[・・・・・・・・・]

言葉を濁してはいるが、暗に瞬間移動のことを示唆して、名前の父は意味ありげな視線を送って来る。

[まったく。この人といいうちの父といい、僕の超能力を単に生活を豊かにする便利ツールかなにかだと勘違いしているな]

親同士のその迷惑な同調に、楠雄は肩で息を吐いた。

[昔から言っているとおりに、僕は徒歩通学可能な範囲でしか学校には通わない。だからTK高校に行かないことくらいはとっくにわかっていたことだろ]

「いや だって俺、おまえは名前が女子校に行くって言ってもついてくかと思ってたし」

[イクワケナイダロ]

人の話を聞いているのか聞いていないのかわからない調子で意味不明なことをさらりと答えられて、楠雄は再び苛立ちを覚える。当然なのだが、父娘(おやこ)で同じマイペースでも彼のそれはまた名前とは違った老獪な雰囲気なので、やりにくいことこの上ない。

女子校とか。まあぶっちゃけ、それだって可能か不可能の話をすれば前者なワケで。

変身能力を使えば、楠雄は女どころか違う生物にだってなれるのだから。

とはいえさすがに、毎朝2時間かけて変身するのも骨が折れる作業だろう。大の男が朝の身仕度にかけるような時間ではない。そんなことをやるわけはないと言いつつもついそこまで考えてしまった自らの思考に、楠雄はしっかりとツッコミを入れた。

[・・・・・・・・・・]

亀の甲より年の功とはよく言ったもので、この人は実の父親よりある意味扱いが難しい。

向かい側に座って先週のジャンプを読み始めた名前の父に、楠雄は複雑な視線を向けた。

いくら心を読めたって、こちらが心を読めることを受け入れている相手となるとまた勝手は違って来るのだ。

どうかしていると思う。

僕の超能力のことを両親に打ち明けられた時も、

『超能力か〜・・まあでも、おまえらの子供ならアリじゃん?』

『ねえねえ!それってぶっちゃけ世界最強の男ってヤツ?やっぱり娘の旦那になる男は強くないとね〜っ』

あんな風にいともあっさり受け入れる夫婦なんてのは、世界中探したって数える程もいないはずだ。

なのにその稀少なはずの存在が、自分の両親とその親友夫婦だったとか、類は友を呼ぶとは本当に本当によく言ったものだと感心する。

どうかしている。本当に。

かわいくてたまらない盛りの一人娘を、制御も覚束ない威力を "持っていた" 爆弾のそばに置いておくことを、躊躇いもなく許していたなんて。

一体いつそれが、大切な愛娘を傷つけるかとも知れないのに───そんなことは、微塵も疑わずに。
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