【斉木楠雄のΨ難 1】

□【サクラ、咲く頃】
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不安じゃないと言えば嘘だった。

でも反面、ホッとしたのも事実だ。










Ψ【サクラ、く頃】












パタパタと階段を駆け上がってくる名前の気配を、楠雄は当然感じ取っていた。

それはいつもの彼女と変わらない、しかし少しだけ弾んだスキップの足音。

一緒になって聴こえて来るルンルンとした鼻唄混じりの心の声は、段々と実際に耳に聴こえるくらいの肉声で近付いて来ている。

やがてコンコン!形ばかりのノックの後、部屋の主の返事を待たずに扉は勢いよく開いた。

「くーちゃんみてみて!高校の制服できたの〜っ♪」

[・・・・・・・・・]

そして開いた扉の勢いそのままに、幼なじみの少女は満面の笑みで身に纏う真新しい制服のスカートをつまんで見せて来る。さながら気分はファッションショーだ。

「似合う?似合うっ?」

[似合ってる 似合ってる]

「お姉さんポイ?ポイッ?」

[ポイ ポイ ポイ]

「えへへ〜っ」

名前はすっかりゆるみきった表情のまま、その場で更にふわりと一回転してみせてくる。楠雄のおざなりなオウム返しにもまったく不満な様子を見せることはない。

[この感じも既視感(デジャヴュ)だな。まあそろそろ来る頃だと思ってたぞ]

そんな浮かれ気分な彼女の "声" は、先程からずっと隣家方面よりしっかりと届いていた。

名前のことだから、仕上がったばかりの制服を見ていたらきっとそのうちいてもたってもいられなくなってお披露目にやって来るだろう。中学に入学する前もそうだった。楠雄には幼なじみの行動パターンの予想がついていた。

とにかく苦労をして合格をもぎ取った高校の制服を着ることが出来て、名前の頭の中はいま喜びと安堵でいっぱいなのだった。

[特に終盤の追い込みには鬼気迫るものがあったしな]

平均よりも若干偏差値のお高めな高校を志望校に選んだ時は一体どうなることかと思ったものだが、それからずっと努力をした甲斐があって、名前は先日無事見事に自らが希望する将来へと繋がる合格切符を手に入れた。

よって4月から二人はそれぞれ別々の高校に通うことになる。楠雄はPK学園に、名前はTK高校に。

その頑張りを近くで見守ってきた身としては、今回の幼なじみの高校合格は何とも喜ばしい出来事だと楠雄自身もそう思っていた。

そう─── "思っていた。"

[いや。思っている]

そうだ。

僕は断じて、後悔なんか。


「♪♪♪」

[・・・・・・・・・]

傍らではしゃいでいる名前に肩を竦めて、楠雄はクローゼットの中に掛けてある自らの制服を "視た"。

するとこれまでとは違いそれがもう幼なじみの少女の着ているものとは対を為さないのだということが、彼に幾ばくかの違和感と焦燥感を覚えさせる。

[・・・予知能力なんかじゃなくたって、わかっていたんだ]

徒歩通学が可能かどうかという点で志望校を選択していた自分と、しっかりと自らの進路を見据えていた名前が、

いずれは違う道を歩むことになるのは当然わかっていたことだった。

ずっと一緒、なんてのはありえない。

[覚悟なんか、いつだってしていた]

幼い頃から、奔放な名前の心は縛れない。

普段こんなにも能天気で単純な癖に、一度やると決めたことはやり遂げるまで梃子でもあきらめない頑固者なのだ。

なりたい自分になる為に前を見て生きている。

そしてそんな彼女だからこそ、自分はどうしようもなく惹かれたのだろう。

『───くーちゃんっ!』

いつも。僕のこれまでの人生のそばにはこの能天気な声と笑顔があった。

無口で無愛想で可愛いげのない超能力者にも、周囲のどんな声にも一切構わずになんの分け隔てもなく接してくるような。そんな名前だったから。

『あのね、私!TK高校にする!』

進路を決めた時も、

『くーちゃん! くーちゃん聞いて!あのね私───私、彼氏ができたっ!』

そうだ。それは "あの時" だって。

誰の意見にも左右なんかされない。いつだって自分の正しいと思ったことをする。そんな名前だからこそ、僕は。

[きっと僕らは、一度お互いのいない世界を知るべきなんだ]

そこまで思って、楠雄はそんな自らの思考を自嘲する。

[ "僕ら"、か・・・]

進む道がいずれ別れることを、不安に思わなかったことなんかない。

いざそれが現実のものになった時、覚悟はしていても少なからずの焦燥感はあった。

ずっと同じ場所で学んで同じ場所で成長してきたんだ。一緒に。

───本当は、いらない。

いらないんだ。名前以外。

時に制御することさえ難しい超能力という爆弾を抱えて。そんな身の上で多くを望めば唯一の大切なものさえ失いかねない。

名前と過ごす、このなんてことはない平穏な日常。

それを手離してまで欲しい世界なんかが、僕にはあるわけがない。

───でも。

そんなものは自分のエゴでしかないのだということを楠雄は知っていた。

目立つことが嫌いだから。

ただその理由のみでセーブしてきただけで本来ならばどんな高校でも一発合格することが出来る成績の彼は、名前と同じ高校に入学することだって可能だったのだ。

しかし楠雄が今回それをしなかったのは、幼なじみと自分の人生を分けて考えるべきだと、

いまがその分岐点なのだと。そう思ったからだった。

側にいたい。

守ってやりたい。

その反面、名前をようやく解放してやれると安堵したのも事実だった。

自分と関わることを名前がそんな風に思ってなどいないときちんとわかってはいても。

きっと僕が同じ高校に行くと言ったとしても、おまえはその真意にすら気付かずに喜んで受け入れてくれたんだろう。

[僕は、淋しかったのか嬉しかったのかわからないんだ]

それぞれ違う高校(みち)に進んでも、

いつか "お互いに" 恋人と呼べる相手が出来たとしても、二人の距離も関係も、何もかもがずっと変わらないと信じている。

おまえのその残酷なまでのひたむきさが、

───僕は。


(くーちゃん?)

[ ! ]

(どーしたのっ??)

鼓膜ではなく直接頭の中に響くように伝わるやわらかな声。気が付くと、名前が至近距離でこちらを覗きこんでいた。

どんぐりの瞳と目が合って、楠雄は思わず反射的にそれを逸らしてしまう。

[・・・いや、なんでもない。少し考え事をしていた]

「そう?お腹痛いのかと思っちゃった。トイレ行って来ていいよ?」

[なんでそうなる]

なんでもかんでも腹痛に繋げる変な癖も相変わらずだ。ホッとしたように胸を撫でおろしてから、名前はベッドの縁に腰をおろしてニコリと笑う。

「高校行ったら友だち100人出来るかなあ?」

[富士山でおにぎりでも食べる気か?]

「くーちゃんも友だちたくさん出来るといいねっ!」

[ご遠慮します]

幼なじみとしてこうして近くにいる。

それがいつまで変わらずにいられるものなのかはわからないが、自分がこれからもこの能天気な笑顔に救われることだけは絶対に変わらない。

石コロひとつを動かしたくらいで変わるような何もかもがあやふやで不確かな未来の中で───それだけは唯一確かなことだと楠雄は思った。












ψ【初恋のΨ難】
『サクラ、咲く頃』









2013.09.11
2017.05.11 加筆修正

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