【斉木楠雄のΨ難 1】

□【無敵の女神さま [ヴィーナス] 】
2ページ/2ページ


(今日の昼間さ、くーちゃん街なかをすぅ──────────────────────っっっっっごいかわいい女の子と、二人きりで並んで一緒に歩いてたよね?)

[・・・・・・・・・]

なぜ、どうして、いつのまに。

"肺活量すごいな"、とか。

そんなことをツッコむ間もなく、先程麦茶を口に含んだ瞬間頭のなかに聴こえてきたのと同じような内容の問いかけが、今度は再び目の前の名前から発せられて楠雄はリアルな目眩に襲われる。

実を言えば盛大に麦茶をスプラッシュしてしまったのは、幼なじみの少女から発せられたその問いかけが原因に他ならない。

今日は名前が早めに帰宅して来ていることを、楠雄は当然ながら気が付いていた。既にかなり慣れ親しんだその気配は1キロ位離れていてもおおよそで察知出来るし、更には彼女がテレパシー射程圏内である200メートル以内に入ったのなら、心の声で容易に感知出来るからだ。

そしてそれは、名前だって同じことで。

[・・・おまえ、"あの場" にいたのか?]

(え?うん───あ・でも全然、200メートル以上離れてたんだと思う。だって一応ちゃんと "声" かけたけどまったく届いてなかったみたいだったし・・)

生まれてから17年近くもこの超能力少年と幼なじみをやっていれば、互いの自宅の全方位、どこからどこまでが自分の "声" の届く範囲内なのかということも、名前にはもはや日常にすっかりと溶け込んだ距離感だった。

だから帰宅途中その地点に辿り着いた時、彼女は夏休みのこの時間帯はほぼ確実に自宅にいるであろう幼なじみの少年に "声" をかけたのだ。

しかし楠雄は楠雄で、名前の視力が両目共に2.0以上あるという自らにとっては普通に基本的な情報を、その度重なる不意討ちによりすっかりと失念してしまっていた。

[おまえはマサイ族かなにかか?]

なので自分を焦らせるようなことばかり次々に告げて来る幼なじみを恨めしく思い、自らの千里眼も棚上げにして、楠雄はそんないまさらなツッコミを入れてしまうのだった。

[まさか "アレ" を名前に見られていたとはな]

"今日の昼" と "街中(まちなか)"。

そのワードだけを聞けば、心を読まずとも楠雄には名前の言っていることの意味がすぐにわかった。

更にそこへ "すぅ────────────────────────っっっっっごいかわいい女の子"(←あくまでも名前の述べた言葉として)をプラスすると、それはもうかなり決定的なものになる。

[つまり名前は今日の昼間、僕が照橋さんに遭遇していたところに居合わせていた、というワケだ]

そうなのだ。確かに今日の昼間、切れていた麦茶を買い出しに行った帰宅途中の街中(まちなか)で、楠雄は同級生で他校にもその名が知れ渡る程の美少女・照橋 心美に出くわしていた。

とはいえそんなご立派な存在の彼女に比べたらまるで空気のような (扱いをされるようにしている) 自分などに、照橋さんは決して気付かないだろうと楠雄は思っていた。

まあ、よしんば気付かれたとして。

自他共に認める人気者の美少女が、地味で友達のいなさそうな同級生の自分に話しかけて来るなんてことは万に一つもないだろうと、楠雄はもうこの時すっかりと油断してしまっていたのだ。

[ "かわいいだけじゃなくやさしい完璧な美少女" とやらを、僕はすっかりナメてかかっていたな]

結局のところその予想は完璧なまでに外れてしまい、照橋さんには満面の笑みで話しかけられてしまった。

それでも楠雄はそれを軽い黙礼のみでやり過ごしてその場をすぐに立ち去ろうと試みたのだったが、しかし。

今度は彼のそんな行動自体が、自他共に認める美少女・照橋さんの (高い高い) プライドを激しく刺激してしまったらしい。

(私がいまからあなたの人生で最高の幸せを与えてあげる)

(斉木の中で私という存在がそこまで大きいものだったなんて・・・)

(幻を見るくらい私のことが好きなのね・・・!)

一体何をどうしてどうしたら結論がそこに至るのかは、心を読めても到底理解に苦しむものの。

彼女には妙な妄想癖というか、自らに対しての絶対的な自信と思い込みの強さがあるということを、同じ教室で普段共に学校生活を送っている楠雄は既に知っていた。

なので、そんな妄想力豊かな照橋さんの妄想した通りの行動… "おふる" のだけはどうしても嫌だった楠雄は彼女のその思い込みの強さを逆手に取り、何とかしてあの場をやり過ごそうとそれはもう大変な苦労をしたのだ。(最終的には燃堂に遭遇するという災厄にも見舞われたし)

だから昼間の出来事は名前の言うような、"街なかをすぅ──────────────────────っっっっっごいかわいい女の子と二人きりで並んで一緒に歩いていた" などという、甘っちょろい展開の話なんかでは決してない。

そう、決して。

[しかしあの時名前があの近辺にいたのはまったく気付かなかった]

【燃堂に気付かれず照橋さんをかわし切る】

この相当に難度の高いミッションをクリアすることに意識を集中していたとはいえ、この僕が名前の気配に気が付かなかったとは。

以前初めて名前が燃堂と遭遇する羽目になってしまった時もそうだが、燃堂の存在というのは本当に恐ろし過ぎるものがある。いままでにも再三に渡って実感してきたそれを、楠雄は改めて思い知った。

[・・・なんだ?]

しかし。いまの自分にとってクリアすべき目の前の問題は、燃堂の存在でも、照橋さんの勘違い攻勢でもないことに彼は気が付いていた。

(さっきも返事がなかったから、くーちゃんまだ帰って来てないかと思った)

(てっきりあの、すぅ─────────────────────────っっっっっごいかわいい女の子と、まだ出かけてるのかな〜って、)

母の夕飯作りを手伝おうと、名前は帰宅早々に一息つく間もなくマイエプロンを着けて身仕度を始めている。こちらに視線を向けることもなく矢継ぎ早に告げて来る彼女の "声" に、何から何をどう説明するかを迷う楠雄は返す言葉が出ない。

[名前・・・?]

(なに?)

[・・・・・・・・・]

するすると慣れた手付きでエプロンの紐を縛る名前は背を向けていて、声をかけると返事はするもののやはりこちらを振り向かなかった。

普段ならば相手の目をきちんと見て話をする彼女にしては、それはあまりにも不自然な行動で。

そして先程からずっと、そんな名前から伝わって来ている "ある雰囲気" に、楠雄はどう対応するべきなのか戸惑いを覚えていた。

[なにか怒っている・・・というか、苛々してる・・よな? "コレ" は ]

一向にこちらを向く気配のない肉付きの薄い肩の背中からは、明らかに普段の幼なじみの醸し出すものとは違う空気を感じる。

しかし目の前にいて心を読めているにもかかわらずそれが何なのかをうまく説明がつけられないのは、名前自身には怒っているとか苛々しているなどという自覚がほぼ皆無なようだったからだ。

単純・短絡思考な名前は、幼い頃から喜怒哀楽の感情表現がハッキリしている。

嬉しいことも、

怒っていることも、

悲しいことも、

楽しいことも。

いつだってそれを隠す素振りもなく自分にはぶつけてくるから。

[名前?どうかしたのか?]

「・・・・・・・・・」

明らかに様子のおかしい名前に再び問いかけると、返って来たのは無言だった。黙り込んでしまった背中から聴こえて来るのは、うーとかむーとか、そんな要領を得ない唸るような心の声と───そしてやはり、彼女自身は理解していない正体不明の苛立ちで。

そのまましばしぐるぐると考え込んだかと思ったら、名前はそろりと楠雄の方を振り返った。

「あのね。私、なんかヘンなの」

[は?]

「くーちゃんに、高校で友だちが出来て嬉しいって思うのに、」

[・・・うん?]

「内臓も骨も心も綺麗なひとも、ちゃんと現れたらいいなって思ってるのに、」

[・・・・・・うん、]

「だってくーちゃんさっき "返事" がなかったから、まだ家に帰って来てないかと思ったのに、」

[ ! ]

しかし。

「ごめ〜ん、なまえちゃんちょっと来てもらえる〜?」

ようやく名前が絞るように話し始めた話の途中で、キッチンから届いた母の助けを求める声に、それは途中で遮られることになる。

「あっ、は、は〜いっ!」

そして楠雄の母の声で途端に我に返った名前は、すかさずキッチンへと逃げるように駆け込んで行ってしまった。

[・・・・・・・・・]

パタパタという足音と共に消えていったそんな彼女の姿を、楠雄はリビングとキッチンを隔てる壁越しに呆気にとられて見つめる。

見つめるしか、出来なかった。

とにかくいま何が起きているのか、楠雄にももうまったくわからなくなって。

だって─── "聴こえてしまった" のだ。

『・・・だってくーちゃんさっき "返事" がなかったから、まだ家に帰って来てないかと思ったのに、』

この言葉のあとの、名前の心の声。

(あのすぅ──────────────────────っっっっっごいかわいい女の子とまだ出かけてるのかなって思って、)

(そしたら、苦しくて、)

(でも帰って来たらくーちゃんてばちゃんと家にいるし・・・だから、よかったって思って───・・)

こだまするのは、名前の心の声。

肉も骨も心すら見透かせる超能力者にとって、いかに美少女の照橋さんといえどそこに例外はない。

なのでしつこいくらいに彼女のことを "すぅ────────────────────────っっっっっごいかわいい女の子" と繰り返す名前には悪いが、だから楠雄にはそこまで周囲が絶賛する程の照橋さんのかわいさというものが、あまりピンとはきていなかったのだが。

[・・・照橋さん、凄すぎるだろう]

出会って17年目にして、いま自分と幼なじみの少女の間に何が起きているのかを段々と理解して来ると、楠雄のなかからようやっと出て来たのは───とにかくビックリし過ぎて、なんかもうそんな感想だけだった。







ψ【初恋のΨ難】
『無敵の女神さま(ヴィーナス)










2013.07.09
2017.05.10 加筆修正
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ