【斉木楠雄のΨ難 1】

□【無敵の女神さま [ヴィーナス] 】
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[ぶふぅ・・っ!]

「ひゃあ!?くーちゃん?!」

昼間買って来た水出し麦茶もキンキンに冷えて飲み頃になった夕方、口に含んだばかりのそれを楠雄は勢いよく噴射した。

「も〜やだびっくりしたあ!どうしたの?むせちゃったの?」

[・・・・・・・・・・・]

夕飯に使用する箸や食器をテーブルに並べていた母は、息子の珍しい失態に驚きの声を上げつつも取ってきたタオルを手渡してくれる。

それを受け取った楠雄が無言で口もとを拭い、続いて衣服や周囲を拭いていた時だった。

「ただいま〜」

玄関からは、お隣に住む幼なじみの少女の帰宅を告げる声が届いたのだった。











Ψ無敵女神さま(ヴィーナス)












「あらなまえちゃん!おかえりなさ〜い 早かったのねっ!」

「ただいま〜 うん、今日はちょっと早めに上がれたから〜」

「夏休みに入ってからずぅーっと、延長ばっかりだったものねえ」

出迎えに出て行った母とののんびりとした会話は、二人がリビングに近付いて来るにつれて大きくなる。

「・・・・・・あれ?」

「あ・くーちゃんたら麦茶飲んでたらむせちゃったみたいでね、いまさっき急に噴き出しちゃったのよ〜」

「・・・え、あ・大丈夫?」

[・・・・・・・・・]

リビングに辿り着いてからの開口一番、室内の楠雄を見て名前は目を丸くしていた。そんな彼女に状況を説明したのは楠雄の母で、彼の手にしたタオルの存在に気がつくと、名前はすぐに問いかけて来る。

幼なじみの少女のきょとんとした顔付きや───テレパシーで漏れ伝わる思考にも、やはり特にこれといった他意は混ざってなどいなかった。

[いつも通りの名前だ。何にもおかしいことなんてないな]

楠雄は普段通りの幼なじみの様子に安堵しつつ、努めて冷静にそう分析する。それでもやはり麦茶を噴き出してしまった原因を考えると、彼のなかには沸々と気まずさや居心地の悪さばかりが込み上げて来る。

[とりあえず、着替えて来るか]

季節はいま夏真っ盛りだ。服なんてすぐに乾くだろうし、タオルでだいぶ拭き取ったから取り立てて着替える必要もない。

そうは思っても、けれどもここはあえて着替えを装うことで一旦自室へと引き上げよう。

復元能力では周囲に影響が及び過ぎることを熟知している楠雄は、その場を離れる自然な言い訳をきちんと用意してから、名前と入れ違いでリビングを出ていこうと試みる。

───しかし。

(すっごくかわいいコだったねくーちゃん)

[ !! ]

ガタッ! 次の瞬間不意討ちのようにかけられたその "声" に、彼は立ち上がりかけていた身体のバランスを見事にカクンと崩してしまう。

「わ、大丈夫っ?」

[・・・・・・・・・]

楠雄が避難の算段をしているうちに母はとっくに夕飯の仕度へと戻って行ってしまったようで、リビングにはいつのまにか名前と二人きりになってしまっていた。

自分の置かれた状況に気が付くと、普段並大抵のことでは動じない楠雄のポーカーフェイスにもジワリと冷や汗が滲んだ。

その間にもキッチンから届く母の鼻唄は相変わらず普段通りひたすら呑気で明るいのに───いまは珍しくそれすらも、彼には焦りを助長させるBGMに聴こえるのだった。
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