【斉木楠雄のΨ難 1】
□【宙恋 / ソラコイ】
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「くーちゃん!ごめん迎えに来てくれたのっ?」
アルバイトを終えた名前が、お店の裏口から出て来るのを待つこと数分。
その少し前、ゴミ出しに出てきた彼女のバイト仲間に遭遇していた楠雄は、名前が程無く息を切らして姿を現すことを容易に想像していた。
「彼氏が迎えが来てるよ〜って言われて急いで出てきちゃった!」
[・・・・・・・・・]
さらにはそう言って息を弾ませる彼女が、本当に余程急いで出て来たことで、ロッカーの扉におでこをぶつけてしまったことも───当然ながら、"視えていた" 楠雄は知っていたのだが。
しかし彼はそれにはあえて触れず、やや肩を竦めてため息混じりに答えた。
Ψ【宙 恋 / ソラコイ】
[・・・母さんに、テレビ観てるくらいなら迎えに行って来いと脅された]
「あははっ!おばさんらしいねえ」
[全然笑い事じゃない]
幼い頃からずっと楠雄の母を実母と同様に慕ってきた名前は、普段はとても優しく穏やかで温厚な彼女がたまに・・・本当に、ごくたま〜にだが、尋常じゃない程にブチ切れることをよく知っていた。
名前自身がその対象になったことはもちろんいままでに一度たりともないことだが、しかし主に斉木家と名字家の男性陣に対してのみ向けられるそれならば、彼女はもうこれまでに幾度となく目の当たりにしてきたから。
だから、テレビの前で自分を迎えに出るのを渋っている楠雄に対して般若のような形相で背後から恫喝を加える久留美の姿が容易に目に浮かんで、どうにも笑いを堪えることが出来なかった。
[僕はさっき実の母に睨み殺されるところだったんだぞ]
「も〜 大袈裟だなあ」
[全然大袈裟じゃない]
そうして。目の前で眉間にシワを寄せて渋い顔をする幼なじみの少年が、最終的には母親に逆らえないのだということも当然に彼女は知っている。
なんだかんだと言いながらも、家族のことをとても大切に思っているということも。
「ごめんねくーちゃん。せっかくテレビ観てくつろいでたトコだったのに」
[・・・別に。それはもういい]
(え〜・・でも、)
アルバイト先を出てから歩くこと数分。街灯が照らす歩道を二人並んで歩いていると、名前はもう数回目になる謝罪の言葉を口にしてくる。楠雄はそれにいつも通りの無表情で、表情筋を一切動かすことなくサラリと答えた。
「なんか最近結構迎えに来てもらってばっかりじゃない?」
[母さん曰く、夏が近くなって来ると開放的になる輩が多いから女の一人夜歩きは危険なんだそうだ。もしもそれでおまえに何かあったら、おじさんたちに顔向け出来ないって言うんだからしょうがない]
「う〜・・別にそんなの、そこまで律儀に気にしなくていいのにねえ」
[大人はそういう訳にもいかないんだろう]
(ん〜〜・・)
[・・・・・・・・・]
まだ納得のいかない顔をする名前に他人事のように言いつつも楠雄は、現在仕事で海外にいる彼女の両親の顔を思い浮かべる。
"あの" 楠雄の両親の学生時代からの友人であり、
"この" 名前の両親でもある名字夫妻というのは、楠雄の中ではハッキリ言って、もはやある種いろいろな意味で尊敬に値する人物たちだった。
なぜなら彼らはあのバカップル両親と友情を育み、楠雄の超能力にもさしてこだわるということもなく、あっさりと受け入れる度量を持ち合わせていた。
『超能力か〜・・まあでも、おまえらの子供ならアリじゃん?』
『ねえねえ!それってぶっちゃけ世界最強の男ってヤツ?やっぱり娘の旦那になる男は強くないとね〜っ』
なんていう、そんな恐ろしくあっさりとしたリアクションのみで楠雄の超能力に関するカミングアウトをすべて受け入れたのだから相当だ。
[あの夫妻に比べたら、娘である名前などはまだまだこれでも繊細な部類の人間に入るのかもしれないな]
この超がつくくらいのド天然幼なじみをしてそう思わせてくれるくらいには、やはり名前の両親というのは楠雄にとっては強烈にインパクトのある存在なのだった。