【斉木楠雄のΨ難 1】
□【そして誰もいなくならなかった】
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『あなたなんて大っ嫌い!!もうずっとずっと永遠に帰って来なくてもいいわ!(ううん!本当は会社になんか行かないで24時間パパに側にいてほしいの!)』
『なにを〜〜ぅ?!!ここは僕が何年も上司の靴をペロペロ舐めて稼いだ金で建てた家だ!出ていくならそっちが出てけよっ!!(なーんちゃって♪ママがいないならこんな家なんの価値もないよ〜ん☆)』
『そうね!そうしようかしら!それでもっとリッチで素敵な男の人と運命的な出会いをして再婚するんだから!(お金なんていらないわ・・・それにパパよりも素敵な男性なんて例え宇宙に出たっていやしないもの!)』
『はっ、なら僕だって君よりも美人でスタイルも性格もいい美女たちと合コン三昧してやる!(おいおいママより美人なんてどこを探せば巡り会えるんだ?ママに比べたら他の女なんてみんな糞にタカる便所蝿みたいなもんなのに!)』
「・・・・・・ええーと。くーちゃん?コレ・・・?」
[まずはひとつ質問させてくれ。連日連夜こんなのを側で聴かされて、おまえはこの喧嘩を止めるなんて気持ちになれるか?名前]
(・・・う・・・それは・・・うん、まあ・・・、)
[本当に、まったくバカらしくて意味のない喧嘩だろう]
それは普段容易には表に出さないものの、『大好物のコーヒーゼリーよりも大切な幼なじみ』にこのまま不本意なあらぬ誤解を受けてしまうのはどうかと思い、楠雄はテレパシーの応用とも言える力を駆使して、両親の喧嘩シーンの真実を再現映像付きで名前に伝えてみせたのだ。
そして再現して視せた通りに、結局父と母はどれだけ口で罵りあっていたところで心ではこんなにも互いの気持ちを素直にさらけ出していた。
超能力者である息子にはそれらがすべて筒抜けになっているということもすっかりと失念し、そんな息子にしっかりと脳内でツッコミを入れられているとも知らずに。
父と母の喧嘩勃発から数日。
楠雄としては自らの平穏な生活を侵害されるのはもちろん嫌だが、こんなのの間に入るのもまた何とも馬鹿馬鹿しいという気持ちの方が勝ってしまい、そのおかげでただでさえ重い彼の腰はいまやすっかりと上がらなくなってしまっていたのだった。
「う〜ん・・おばさんも私には『どうしてあんなこと言っちゃったの〜!』って言って、喧嘩の後は泣いて後悔してくるのに・・・やっぱりおじさんもおんなじ気持ちなんだね・・・でも、そんなにお互い好きなのに、素直にはなれないなんて困ったものだねえ・・」
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楠雄がこれまでずっと、名前の立てた【仲直り大作戦☆】にことごとく非協力的だったその理由を視せられて、名前は重たい瞼のままで複雑な顔付きになる。するとそんな彼女の言葉に珍しく表情を動かしたのは楠雄の方だった。
「 ? なに、くーちゃん?」
その表情がいつもと違い驚きを表していることは、普段から能面のように変化の少ないその顔を見慣れているのですぐにわかった。
眠たそうにしつつもそれを不思議に思った名前は、普段通りに問いかけた。ハッと我に返った楠雄は、きょとんとした顔付きで自分のことを見つめてくるまっすぐな瞳から視線をふいと反らす。
[・・・いや。おまえからそういう言葉が出てくるのは、少し意外だっただけだ]
(えーなあにそれ?)
[・・・・・・・・・]
そう、意外だった。
それだけを答えて黙り込んでしまった楠雄を、顔一杯にはてなマークを浮かべながらきょとんとした表情で名前が見ている。
しかしそれに気付いている彼の脳裏を過るのは、目の前にいる幼なじみよりもまだずっと幼かった頃の彼女の姿だった。