【斉木楠雄のΨ難 1】

□【近すぎて儘ならない】
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Ψすぎてならない】











夕飯の準備をすっかり終えて、後は男性陣の帰宅を待つばかりの斉木家の食卓。

バイトが休みだった名前は早々に帰宅していて、いつも通りに久留美の手伝いをしていた。

「くーちゃんたら今日も遅いのかしら」

「ん〜・・そうだねえ。普段ならもうとっくに帰って来てる時間だもんねえ」

二人でダイニングのテーブルに座って一息ついていると、向かい側の席に座る久留美がため息混じりに言ってくる。名前は壁掛けの時計に目をやって、彼女と同じくらいにのんびりとした口調で答えた。

「んも〜やっぱりこれからはくーちゃんに携帯持たせようかしら!いままではいつもいらない・必要ないなんて冷たく突っぱねられてきたけど、こっちからくーちゃんに連絡したい時には絶対に必要よね!」

久留美は唇を尖らせて、このところ帰宅時間が遅くなりがちな息子への不満を一気に捲し立てる。温和な顔立ちも相俟って、その怒り方はプリプリという擬音がまさにピッタリだ。だがそんな久留美を見て、対照的に名前はというとニコニコと満面の笑顔だった。

「おばさん嬉しそうだねえ」

「 ! 」

その発言に不意を突かれて驚いたのか、途端に目を丸くした久留美はそれまで尖らせていた唇もどこへやら。両頬に手を当てて赤く染まるそこを隠しながら、恥ずかしそうに肩をすぼめる。

自分ではうまくわからないようにしていたつもりの深層も、名前には容易く覗きこまれてしまう。

それはちょっとだけ、バツが悪そうな感じで。

「うぅ・・・あ、あの、やっぱりわかっちゃう・・・?」

「ふふっ それくらいは当然わかるよ〜。だっておばさんは私にとって、もう一人のお母さんみたいなものだもん」

「なまえちゃん・・!」

"おばさんもなまえちゃんを自分の娘みたいに思ってるわよぅぅ〜っ!!"

感極まった久留美は身を乗り出して、向かい側に座る名前に抱きつかんばかりの勢いでそう歓喜する。

我が子と同様か・・・いや、むしろ同性同士ということも手伝って二人の息子以上に手塩にかけてその成長を見守って来た久留美にとって、名前は確かに実の娘と変わらない存在だった。

それは実際に実の子である楠雄をして、

[まるで本当の母娘(おやこ)のようだ]

そう常日頃から言われるくらいなのだから相当なものだろう。

仕事柄どうしても留守がちになってしまう名前の両親に代わり、久留美は惜しみない愛情を愛息たちと平等に名前にも与えてきた。彼女たちふたりはずっと、昔からそんな感じで仲良しだった。

それに名前が成長したここ数年では、ごくたま〜にだが出先で "姉妹" にも間違われるということもあったりして。(何せ燃堂も初対面では久留美のことを "相棒の姉ちゃん" と勘違いしていたくらいだ)

そんな訳もあり、久留美の名前好きにはここ数年だいぶ拍車がかかっていたりするのだった。

「楠雄が友だちと放課後に寄り道するとかいままでなかったもんね」

「そうっ!そうなのよ〜ぅ!!夏休みには相棒くんがわざわざおうちにまで迎えに来てくれてたしっ!それで一緒に海に行こうって誘ってくれたりなんかしてね!」

「うんうん」

先程までの不満顔はどこへやら。実は内心で溢れる喜びを抑えていた久留美は、興奮でテーブルをバンバンと叩きながらその嬉しさを露にする。

一方で、もうすでに何十回と聞かされたはずのその話をしかし名前は嫌な顔ひとつ見せずに、むしろニコニコと相槌を打ちながら聞いていた。

最近の楠雄は、以前に比べると学校から帰宅する時間が遅くなる日が増えてきている。PK学園に進学するまで…いや、正確には "高校2年生になるまで" の彼は、瞬間移動こそめったに使わないものの放課後はいつもそれに準ずるようなスピードで帰宅することが多く、居残りや寄り道などをするという習慣はあまりなかった。

そして、彼のそれがより顕著なものとなったのは小学生の時よりも中学生になってからの話だ。

ただでさえ部活や委員会活動で忙しい名前が、さらには高校受験の為にと学習塾なんぞに通い始めてから (件の海藤と同じ学習塾だ) は、二人が一緒に帰宅する機会が著しく減ったことも大きく起因していた。

しかもその頃の楠雄はと言えば、内心ではそれを残念に思いつつもまた一方ではホッともしていたりと・・・まあ色々と、現在の彼よりもかなり複雑な心境で毎日を過ごしていた時期でもあったりして。マイナス面に向かいがちな感情のコントロールをしようと、自分なりに必死にもがいていた時期でもあったりする。

そしてそれはもちろん、名前には預かり知らぬ範囲の話だ。


「くーちゃん本当に友達がたくさんできたよねえ」

「そうね そうよね!」

しみじみと語る名前に、久留美はうんうんと力強く頷いて同意を示す。

「あーあ、私もPK学園に行けばよかったなあ・・・最近のくーちゃんすっごく楽しそうだもん」

「 ! 」

楠雄本人が聞いたら否定することはまず間違いナシなことを言うと、名前はハァとひとつため息をついた。唇を尖らせて物憂げな彼女に、久留美は意外なものを見る目を向ける。

「あらでも、なまえちゃんは自分の夢を叶える為にTK高校に進学したんでしょう?」

「・・・うん。まあ、それはそうなんだけど・・・」

「なまえちゃん・・・?」

「・・・・・・・・・」

久留美からの問いかけにも、名前はどこか生返事だった。いつだって相手の目を見て話す彼女にしては、珍しく伏し目がちで。しかしそれから少しのあいだ思案した後に、彼女は言葉を選ぶようにポツリポツリとその心情を吐露し始めるのだった。

「ん〜・・最近たまにね・・・たま〜になんだけど。以前(まえ)よりもくーちゃんを遠くに感じることがあって。それがなんでなのかなってよくよく考えてみたら、私たち中学まではずっと一緒だったんだなあって思って。高校生になって学校が別々になっても、そういうのいままであんまり気にしてなかったんだけど・・・でも私の知らない高校でのくーちゃんのことを燃堂さんや海藤くんたちはたくさん知ってるんだなあって思ったら、なんだかすごくうらやま寂しくなっちゃったみたい」

「なまえちゃん!」

名前はその胸に込み上げているという寂しさを誤魔化すように、えへへと言って照れたような、はにかむような笑顔を見せた。生まれた頃から我が子のようにかわいがってきた少女の健気な言葉にジーンとしつつも、久留美は不意に立ち上がる。

そうして名前の隣側、普段は楠雄の席となっている椅子に腰かけると、彼女のあたまをやはり昔からそうしてきたように優しくポンポンと撫でつけるのだった。
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