【斉木楠雄のΨ難 1】
□【 Ψドストーリー】
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Ψ【 Ψ強エスパーのお嫁さんになる必須条件!】
私の幼なじみは超能力者で、基本的に無敵です。
雷だって不良だって、気性のすこぶる荒いサーカスのライオンだって彼にとっては何ら敵ではありません。
───けど。
[い、いいから早く "それ" をどこかにやってくれっ]
「も〜なんでそんなに恐がるかな〜?超能力者の癖に」
[いや、"それ" を素手で掴めるおまえの方が圧倒的少数派だぞ]
「なんてったって久留美おばさん直伝ですからね!」
[威張るな]
だけどそんな無敵なはずの超能力者にも、唯一大の苦手としているものがある。
それはとっても意外なことに、G (←心のなかですら正式名称を言ったらデコピンされる!理不尽!) とかバッタとかセミとか、いわゆる虫全般です。
楠雄が虫を苦手にしている理由は、曰く "行動が読めないから" だそうで。
そのあまりの嫌がりように念力で外に飛ばしちゃえばいいのにって言ったら、
[例え超能力ででも触るのは嫌なんだ]
と至極真顔で返されたことがある。(それって触るっていうの?)
そのくらい、彼は虫がとてもすごく苦手なのだ。
「ホントにしょーがないなあ」
[頼んだぞG捕獲人ナマエ!]
「も〜なんだそれっ」
という訳で、斉木家に虫が出ると捕獲する羽目になるのは必ず久留美おばさんか私。
男性陣はまったく糞の役にも立たないので、私たちは女の子らしくキャ〜なんて怖がったりしている暇はないのです。
そりゃあ私だって最初は人並みに怖いなって思っていた頃もあったけど、なんというか、ああも自分よりも怖がっている人を見てしまうと、
"私が何とかしてあげなければ…!"
という気持ちの方が強くなってしまうみたい。(母性本能?)
それに私もいまだに雷が怖いから、どうしても苦手なものがあるって気持ちはわかるしね…。
「よっ!ほっ!」
コーヒーゼリータイムでくつろいでいたリビングに突如出現した "それ" を、熟練の内野手のような手捌きを誇る久留美おばさん直伝の技で私はあっさりとをキャッチした。
両手でおにぎりを握るような形を作った私の手のひらの中で、カサカサという音を立てている。
「あ☆いけない窓開けとくの忘れてた。私手ぇ塞がってるからくーちゃん窓開けて?」
[ ! ]
その一連の回収作業を見て珍しく青ざめた顔色の楠雄にそう言うと、途端に目の前の窓がガラッと勢いよく全開になった。うーん、超能力ってこういう時にも便利だなあ。
「よーし、もうこのお家に来たらダメだからね〜っ」
"森へお帰り!" と、久留美おばさんの決め台詞?を真似して、私はそれを一気に外へと解き放つ。
「いっちょあがり〜っ♪」
[よくやった。ではいますぐまわれ右して手を500回程洗ってきてくれ。窓を開け忘れていたありえない失態についての反省会はそれからだ]
「うわ〜命の恩人に向かってそういうこと言うっ?」
[スミマセンデシタ!!]
Gがいなくなった途端に汚物を見るような目つきと台詞を吐かれて、私はさっきまでGを囲っていたほやほやの手のひらをワキワキとくーちゃんに向けた。そうしたらこのままでは何をされるか悟った彼に光の速さで最敬礼をされる。わかればよろしい。
(はー。旦那さんがこんなんじゃ、くーちゃんのお嫁さんになるひとは大変だねえ)
洗面所でしっかりと手を洗って、リビングに戻る道すがら私は心の中でそう言ってやれやれと肩を竦めた。するとその返事は間髪入れずに頭の中に直接返ってくる。
[僕は結婚なんか一生絶対にしないから大丈夫だ]
(や、なら余計大丈夫じゃないでしょう!じゃあくーちゃんは一生独身でGと闘うの?ってか闘えるの?現状このザマなのに?)
[・・・母、]
「おばさんにいつまでも頼ってたらダメだよ〜っ?」
[・・・・・・・・・]
たぶん "母さん" と言い募ろうとした楠雄のテレパシーを察した私は、リビングに繋がる扉からズイッと顔を出すと直接の言葉にして被せるようにそれを遮った。
結婚はまあともかくとして。
男の子なんだから、いつかはくーちゃんだって自立しないといけないもんね。
「はあ〜・・・くーちゃんはあれだね。恋人の募集の募集要項に "Gの捕獲が出来る人" って書き込まないとダメだね?」
[ナニソレ]
とはいえこの様子じゃ彼がGに立ち向かう姿なんてとても想像がつかないし。だったら代わりに捕まえてくれる人を見つけた方が早いかとも思ったけど、本人にはまったくもってその気がないらしい。
何だか急に目の前にいる幼なじみの将来が不安になってきた私は、思いがけず急浮上したその問題につい腕を組んでまじめに考え込んでしまう。
[・・・そんなこと言うなら、じゃあおまえが一生Gを捕まえてくれよ]
「へっ?」
[ "アレ" を素手で捕まえられる人間なんて、男でもそういないだろうしな]
普段は冷めたような目付きで、成長した現在では幼なじみの私の前でもあまり動かなくなってしまった楠雄の表情筋。なのにからかわれていると思ったのか珍しく拗ねたような表情でそう言われて、私は思わず目を丸くする。
─── "一生"。
だって、それってまるで。
「 "俺のために一生味噌汁を作ってくれ" 的な?・・・いやいや "俺のパンツを一生洗ってくれ" の方が近いかな・・・?」
[あ?]
「ははっ、なんだかそれプロポーズみたいな台詞だねっ」
[・・・・・・・・・]
「しょーがない。じゃあもしも万が一だけど!私にお嫁の貰い手がいなかったら、私がくーちゃんの "G捕獲人" になってあげよーかなあっ?」
[ ! ]
普段は楠雄よりも優位に立てることなんてそうないから、なんかちょっとうれしい。
そのことに得意気になっていた私は、私のその提案に普段据わりがちな双眸を楠雄が一瞬だけ瞠ったことに気付かなかった。だから彼が言葉に詰まっていたことも視線を私からふいと逸らしたことも、私に優位に立たれたことが悔しくてそうしてるんだと思っただけだった。
[・・・ゴキブリを素手で捕まえるような女が、そう簡単に嫁になんか行けると思うなよ]
だって現に、次の瞬間楠雄はそうボソッと反撃の言葉を返してきたから。
「あっひどいっ!一体誰のせいでこんな身体になったと思ってんのーっ?!」
[やめろ。人聞きの悪いことを大声で叫ぶな]
「ってゆーかいま正式名称って言ったしっ!くーちゃんそれデコぴんの刑だよ?!」
[いや、いまのはノーカンだ]
「ずっるーい!!」
私の "なーんちゃって" で終わるはずだった冗談混じりの提案は、
意地っ張りと負けず嫌いな二人の性格のせいでこの時はこうしてうやむやになったんだけど。
だけどこの提案がこれからほんの数年後には現実のものになるとか。
[一生Gを捕まえてくれるんだろ?]
そんな台詞がプロポーズの言葉になるなんて、私たちはこの時はまだ全然想像もしていなかった。
2016.11.10
2017.05.13 加筆修正