【斉木楠雄のΨ難 1】
□【 Ψドストーリー】
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Ψ【例えば僕が、】
※小さい頃のお話です。
考える。
例えば僕に超能力がなければ、いまと何が変わっていたのか。
出版社に勤める父と、専業主婦の母。
変態レベルに天才的な頭脳を持つ兄。
田舎に住む祖父母。
そんな家族に囲まれながら、
サプライズを味わうことができて、
宝くじの発表を心待ちにして、
神経衰弱に頭を悩まして、
かわいい女の子を見かけるとドキドキと胸が高鳴ったりなんてしたんだろうか。
もしも僕に、超能力がなければ。
確かなことはわからないが、それでもいまとは違った人生を送っていたことは、まず間違いではなくて。
───でも。
(くーちゃんどうしたのっ?)
[ ! ]
突然 "声" をかけられて楠雄が我に返ると、テレビゲームに夢中になっていたはずの幼なじみの少女の顔がいつのまにかごく近く目の前にあった。
(さっきからこぉ───んなかおしてるけど、なにかあった?)
[・・・・・・・・・]
そう言って彼女は、自分の目もとに両手をあててそれを外側にぐいーんと引っ張り変な顔をしたかと思ったら、次の瞬間にはもうきょとんとした表情で、ビー玉のようにキラキラ輝く大きな瞳をこちらに向け小くびをこてんと傾げる。
ほんの一瞬前まではその視線も意識もゲームの方に釘付けだった癖に、いつのまに。
しかもコイツときたら、鈍感なようでいてなかなか鋭いところがある。端から見たら1ミリだって動いてはいないだろう些細で微妙な楠雄の内面の変化を、こうして敏感に察知してくるのだ。
[・・・これじゃ、心が読めているのはどっちなのかわからなくなるな]
( ? ・・・あっ わかった!うんちだねっ?トイレタイムする?)
[チガウ]
しかしだからと言って、それでコイツが何かを深く考えてそうしているのかと言えば、決してそういうわけでもなくて。
邪気や緊張感のない瞳はどこまでもまっすぐで、その様子はわふわふと息を弾ませながら、飼い主に向かってご機嫌にシッポを振りまくっている仔犬のそれとよく似ている。
天真爛漫な愛らしさは癒しだが、ともすれば骨の髄まで染みついて抜けない呪いのようにひどく甘い。
"甘いもの" に関してだけは超合金より固い表情筋もゆるみがちになる楠雄は、ハアとひとつ深いため息をついた。
「二人とも〜そろそろおやつの時間よ〜っ?ゲームは一旦ストップしてねー」
「あっ、はーいっ!」
[・・・・・・・・・]
"例えば自分に超能力がなければ。"
それを考えると世界は180度で様変わりするはずなのに、
だけど楠雄には、それでも変わらないだろうと思えるものが少なからずあった。
「今日のおやつはコーヒーゼリーだからね〜♪」
それは、息子たちが揃って天才だったり超能力者だったりしても、そんなことは一切気にせずにまっすぐな愛情を注いで育ててくれているこの母と。
そして。
「よかったねっ!くーちゃんコーヒーゼリーだいこうぶつだよねっ」
そしてきっと、この幼なじみの少女も。
[僕が超能力者であろうとなかろうと、コイツの僕に対する態度にはきっとなんらの変わりはないだろう]
500%、いまと変わらずに、コイツはこうして能天気な声と笑顔を僕に向けているはずだ。
「はやく行こ!くーちゃん!」
[・・・ああ、]
まるでその考えに正解をあたえるかのようなタイミングで、何の躊躇いもなく当たりまえのように差し出された目の前の小さな手に、楠雄は観念したような気持ちになりながら自らの手を重ねた。
その瞬間しっかりと握り返されたそこから伝わるのは、もうずっと、嫌と言う程に知っている小さくて───でも、確かなぬくもり。
それは例えば、
僕に超能力があったってなくたって、
"僕が" ───変わらずに信じられると思えるもの。
[我ながら、本当にどうかしてるな]
つながれたふたつの手を見つめて、そんなことにさえひどく安堵を覚えている自分に楠雄は自嘲する。
ほんの少しでも加減を間違えば握りつぶしてしまうだろうその小さな頼りない手を、それでも大切に大切に握り返した。
おわり!
2015.10.26 拍手お礼に掲載
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