【斉木楠雄のΨ難 1】

□【 Ψドストーリー】
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Ψ【インプリンティングボイス】


【天使の福音】の Ψドストーリーです。






私は赤ちゃんの頃、寝起きの時にひどくぐずって大泣きしていた時期があったとお母さんや久留美おばさんに教えてもらったことがある。

身体は全然小さいのに、その時はまるで怪獣のように一度泣き出したら手が付けられない有り様だったらしい。

お父さんやお母さんや久留美おばさんたちがどんなにあやしても、國春おじさんがどれだけ意地とプライドをかなぐり捨てて変顔をしても。自分が疲れるまでとにかく一切泣き止むことのなかった私に、みんなは当時ほとほと困り果てていたのだそうだ。

だけど。そんな小さな暴君状態だった私が、ある日突然 "ある条件下" ではぴたりと泣くことがなくなって、それどころか次第にきゃっきゃと笑ってご機嫌に起きるようになっていったらしい。

そしてそのある条件下と言うのが、起きて一番最初にくーちゃんの顔を見ると言うものだったらしいから、驚きやら楠雄に申し訳ないやらだった。

しかもこれは赤ちゃんの頃の話なので、当然ながら私自身にはまったくもって記憶にはない出来事だった。

だけどでも。よーくよーく考えたら、ちょっとだけ心当たりがないわけでもなくって。

実を言うと、たまに私が自分の家で一人きりなのにソファなんかでうっかりうたた寝をしちゃったりすると、見かねた楠雄がやれやれといった感じで起こしに来てくれることがあったりする。

その時の彼はいつものように無表情かもしくは呆れ顔で、だけどかけてくれる "声" はさざ波のように穏やかで気持ちがいいんだ。

その声に起こされるのはとっても心地がよくて、小さい頃はたまにあたり一面が真っ暗な怖い夢を見た時なんて、その声を道しるべにして明るい場所に出られたことがあったくらいで。

そうしてその夢の出口の先を通り抜けて目を覚ますと、いつだって一番最初に目の前にいるのは楠雄だった。

だから私は楠雄の顔を見るとホッとして、目の前の幼なじみが本物かどうかを確認するように───次の瞬間には消えてしまったりしないように、手を伸ばしてちからいっぱいに楠雄を抱きしめるんだ。

そしていつもの絶対零度にクールな楠雄なら、絶対そんな甘ったれた行動は許してなんかくれない。

だけど楠雄には超能力で私の見ていた夢の内容は筒抜けだから、そんな時の楠雄は迷惑そうにしながらも私が落ち着くまでされるがままにしてくれるのだ。あとはたまーに、ホントにたまーにだけどぎこちない手つきであたまを撫でてくれることもあって、実は私はそれがとっても心地がいい。

成長したいまでは怖い夢を見ていなくてもそれが癖になってしまって、楠雄に起こされた時習慣的に抱きつこうとするけど、やっぱりそれも楠雄には筒抜けだからそんな時はガシッとおでこを掴んでしっかりと阻止されてしまう。

楠雄はスパルタだから、怖い夢を見た時しか起きてからは優しくなんてしてくれない。

[名前。子供の頃ならともかく、もういいかげん起きがけに抱きついてくる癖は治せよ]

「え〜」

[そのうち寝惚けて誰にでも抱きつくようになったらどうするんだ?うちの変態バカ兄貴やお調子者の父さんだったら目も当てられないことになるぞ]

ある日心配した楠雄が、眉間に盛大なシワを寄せてそう注意してきたことがあった。

私はその時気持ちよくうたた寝をして気持ちよく起きることが出来たのに、抱きつくことは阻止されてしまって納得出来ずにブウたれていた。

「てゆーかそんなの大丈夫なのに。だって私、寝惚けてなんてやってないもん。ちゃんと相手がくーちゃんだってわかってるよ?」

[・・・・・・・・・は?]

「だって私、くーちゃんじゃないと抱きつこうなんて思わないもん。だから大丈夫だと思う」

[なんだそれは]

「ん〜・・えーとね。自分でも不思議なんだけど、私起きてからくーちゃんの顔を一番に見るとすっごく安心するんだよ。けど私って赤ちゃんの頃からそうだったんでしょ?寝起きはすっごいぐずり癖があったのに、ある日からくーちゃんの顔を見るとぱったり泣き止んで、笑うようになったって」

[・・・・・・・・・]

自分自身では記憶に残っていなかったけど、お母さんたちに聞いたそれを説明の引き合いに出してみた。もしかしたら楠雄なら赤ちゃんの頃のことだって普通に覚えているのかもしれないと思ったから。

案の定楠雄はそれを覚えていたようで、私は彼の沈黙を肯定と受け取った。

「これって小鳥の刷り込みみたいなもんじゃないかな?だったら簡単には治らなくても仕方な───わぷっ!」

[だからダメだと言ってるだろう]

たたみかけるようにうやむやにして強引に抱きつこうとした私を、楠雄は今度は卑怯にも超能力で阻止してきた。

私はその力にもちろん抵抗したけど、一生懸命に伸ばした両腕は悲しいかなバタバタと空中を泳ぐだけで楠雄には届かなかった。

(そんなこと言っても、私がうたた寝してたらくーちゃんはまた絶対起こしに来てくれるでしょっ)

[・・・・・・・・・]

「───痛"っ!」

何だかとっても悔しいから心の声でそう語りかけたら、今度はコツンって物理的なデコピンが飛んできて。

大袈裟に痛がって見せた私はおでこを押さえ込んだから、この時のくーちゃんの頬っぺたが赤く染まっていたことなんてまったく気が付かなかった。







おわり!






2015.05.14 拍手掲載
2017.05.13 加筆修正
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